『大日本史料』 12編 54 元和八年雑載 p.337

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みな野原となり、草木しげりて荒地となる、然る所に鴻巣・忍近所之村之内たよりに, 立退、其日〳〵の才覺によつて世を渡り、或は切取強盗をして世をいとなむ故、村々, 隨而、蒙御意深井對馬守、荒地を發してもとのことく畑となし、才覺をめくらし百姓, 給いて、源左衞門方にしのび居給ふ、源左衞門父深井對馬守平景政は岩付の家臣也し, 候節、居屋敷一萬坪對馬守に被下也、深井源左衞門か對馬守次男也、岩付落城せざる, を招寄、仕付るといへとも、田畑を達而人不望故に、存分に仕付る事あたはず、其頃, 合五百石給之也、, 一むかし亂國之時、村々之百姓、戰場へ役に召つれらるゝを難義におもいて、皆〻村を, 居し時、其縁によつて諏訪宮の前に屋敷をかまへ、滿兼居住也、其時深井源左衞門い, 巣町を取立、鴻巣町うら宮地に居住、其功により、權現樣鴻巣御殿え御鷹野に被爲成, が、後家康公の上意をうけて武州鴻巣の惡黨を亡脚し、鴻巣の諸民を安平になし、鴻, 滿兼〓人して、箕田村八幡・諏訪兩社間に薩摩中將樣陣屋有之、爰に深井源左衞門被, 以前より忠吉公被召出、三百石被下置、尾張へ御國替以後、きよすにて御加増貳百石, 此程引越居住之由聞及て、結緒有之故に、滿兼・乘雲院夫婦共に深井源左衞門を尋行, ○中, 略, きよすにて御加増貳百石、, (清洲、尾張西春日井郡), 景方二潛伏, 家臣深井重, 箕田村二居, 松平忠吉ノ, 住ス, 兀和八年雜載疾病・死歿, 三三七

割注

  • ○中
  • きよすにて御加増貳百石、
  • (清洲、尾張西春日井郡)

頭注

  • 景方二潛伏
  • 家臣深井重
  • 箕田村二居
  • 松平忠吉ノ
  • 住ス

  • 兀和八年雜載疾病・死歿

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  • 三三七

注記 (25)

  • 799,710,57,2207みな野原となり、草木しげりて荒地となる、然る所に鴻巣・忍近所之村之内たよりに
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