『大日本史料』 12編 55 元和八年雑載 p.89

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返し, 此哥のさま、紀年録に云所, いつれの誤れるにやと、櫻井良翰, 里にかゝる櫻と詠給ふ、旁但山の事ならん、又光廣卿草菴を問給ふ折しも、和尚こゝち, 山里にかゝる櫻の花なくは浮世のほかの春もしらしを, 江戸にありしは、寛永九年、罪免されてより後の事なり、, くは、江戸に侍りける頃とあるは筆者の誤にて、花の頃但山を訪給ひしならん、哥に山, 江戸に侍りける頃、澤菴和尚の旅館を尋ねまかりけるに、櫻の盛なりけれは、, 疑ら, 光廣卿、但山の草庵を訪給ひて數篇の唱和有しと也、かの家の黄葉集に此時の唱和なく、, 例ならされは、まみえ參らせす、其翌日に、, 問人をなくさめかねつ花に風月さへくらき夜半の春雨, 只江戸にての和哥有、, 烏丸大納言光廣卿, か言れしもさる事にて、和尚かしは〳〵, 澤庵, とよく似たり、もしは一つ事にて、, 八年壬戌、五十歳、, 返し澤庵, ○幕府、宗彭等ノ罪ヲ赦スコト、, 有倭歌・唐詩數篇之唱和云〻, 紀年録云、烏丸光廣卿訪師於但山、, を著述する人也、, 寛永九年七月十七日ノ條二見ユ、, 出石の臣、但馬考, 訪ヒテ和歌, 烏丸光廣澤, 庵宗彭ノ但, 馬ノ草庵ヲ, ヲ唱和ス, 元和八年雜載學藝・遊戲, 八九

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  • ○幕府、宗彭等ノ罪ヲ赦スコト、
  • 有倭歌・唐詩數篇之唱和云〻
  • 紀年録云、烏丸光廣卿訪師於但山、
  • を著述する人也、
  • 寛永九年七月十七日ノ條二見ユ、
  • 出石の臣、但馬考

頭注

  • 訪ヒテ和歌
  • 烏丸光廣澤
  • 庵宗彭ノ但
  • 馬ノ草庵ヲ
  • ヲ唱和ス

  • 元和八年雜載學藝・遊戲

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  • 八九

注記 (32)

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