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曾我周文, へるは、中々に僻ことなるべし、いかてか祖先の名を印章に彫れるに、其, 文は來化の人なれば、唐人周文などと呼なしけるより、みたりに周字を, 文字を誤〓へき、もとより先祖は周文なるを、同時に相國寺の僧周文あ, 長年中に沒すとあれは、元和の頃は世になき人なり、但元和頃とは凡に, 秀字にさへ作りかへたるものなるべし、委しくは秀文の條に辨へおけ, いへるなめれは、強てとかむべきにもあらねど、秀字を周に誤れりとい, ゆれと、元和の頃といへるは信かたし、若木集、名公畫譜等にも、直庵は慶, りて、殊に圖畫をよくをしなれは、後人混合せんをいとひて、曾我の周, るをみるべし、また印章に周文六世孫とあるを按ふに、前條に載する曾, 姓は平、曾我氏、直庵また地足と號に、曾我紹祥の子、, はやかにして、頗る雅なり、また水鳥花草の圖に名あり、慶長年中沒すとい, 按ふに、直庵元和の頃、周文六世孫といへる印章を押をるよし拾彙に見, 、六世の孫なり、和泉國堺に居住して、よく設色の鷹鵑を畫かく、其筆風さ, へり、, 直菴, 〔扶桑名垂三傳, 慶長年中, ○中略、丹青若木集、辨玉集、, 扶桑名公畫譜ヲ引用セリ、, 紹叔の弟, 世に, なるへし, 雜家, いふ, 四十一, 秀, 文, 慶長年中, 五三七
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- ○中略、丹青若木集、辨玉集、
- 扶桑名公畫譜ヲ引用セリ、
- 紹叔の弟
- 世に
- なるへし
- 雜家
- いふ
- 四十一
- 秀
- 文
柱
- 慶長年中
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- 五三七
注記 (30)
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- 904,709,59,2129へるは、中々に僻ことなるべし、いかてか祖先の名を印章に彫れるに、其
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- 437,694,60,2140秀字にさへ作りかへたるものなるべし、委しくは秀文の條に辨へおけ
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