『大日本維新史料 編年之部』 1編 3 弘化3年10月~同4年1月 p.700

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を打破れり、外國人此を傳へ聞て皆其遺烈を畏る、故に來て寇する者は有ること無し、然, 婪なり、然るに清國の大なるを以て毎戰に敗衂し、數千里の州郡を蹂躪し、數十處の城郭, 破・漂著を論せず悉く此を破却し、唯其夷人のみは和蘭國加比丹に命じて其本國に送り歸, せり、其後豐臣太閤の朝鮮國を征伐して其國主を逐出し、且つ大明國の援兵と戰ひ數此, し給ふことは、從來御國法にて、西洋人等も兼て所知なり、然るに彼等此を知ると雖ども、, 〔防海餘論〓, 年、諸侯貧窮して武備を嚴にすること能ずと雖ども、昔し九州の武士蒙古十萬強兵を塵に, 烟の故あり、且又文弱にして武備の無きを探り得たるを以てなり、今夫本邦亦太平二百餘, 數〻來て國禁を犯すこと再三に及ぶ、且又「エゲレス」國人近來清國を侵伐すること甚だ貪, を攻め取れて此を防ぐこと能はず、終に金を納れ地を割て和睦を乞たりと聞けり、彼賊若, 安濃津侯問曰、近年西洋の賊船東海に出沒し、數〻浦賀港に來て交易を通ぜんことを乞ふ、, れども本邦は世界無雙の豐饒地なるを以て、彼等或は交易願ひの使者船等數來ること有, し來て寇すること有らば如何して可ならんと、對て曰く、英吉利亞の清國に寇せしは阿片, 抑〻外國通津一件の處置は總て皆長崎憲司に屬するの事なり、故に他州に著たる舶をば難, 弘化四丁未之年正月六日, 椿園佐藤淵識, 弘化四丁未之年正月六日椿園佐藤淵識, ○佐藤信淵家, 學全集所載, 異國人來寇, ノ對策ヲ問, 弘化四年正月六日, 七〇一

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  • ○佐藤信淵家
  • 學全集所載

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  • 異國人來寇
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  • 七〇一

注記 (23)

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