『大日本維新史料 編年之部』 1編 6 弘化4年6月~同年8月10日 p.593

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へは、定な追〻政府へも申出候事とは存候へ共、如何の都合候哉、此節の儀は、不相分候へ, 儀、無見隱よりの道理に有之候、郷中より歎願に出候義民抔、于今牢中に有之處、是は當, 及候へ共、國中士民の身と相成候なし、我等政事承り後見致シ、父子睦き樣にと願候儀は、, 候へ共、各の了簡内〻承り申候、國中士民囚入牢等に相成りくるシめ候儀、其本はと申候, 我知汝知る處にな、我等へかくし候儀も、矢張何きよりとなく、先より自然に承知致シ候, 郡官共了簡になし、如何に存候哉、我等儀は、承知〻通り愚味不肖故、宰相の後見等致に不, 被察候へは、唯今出牢致候迚も、又〻出候と申事も有之間敷哉共存候處、各持前の儀に候, 願出候なも取上不申ろ、又は願出候儀相成兼候樣の儀にな、無已江戸へ出候にる無之哉共, 共、村預位にあも可然哉にも被存候、尤我等政事向へ不拘樣にとの事故、何等指圖は不致, 先宰相の不徳にも可相成哉、何樣江戸へ出歎願等致候は、以の外に候へ共、於國許政府え, へは、我等晴候樣にと歎願の儀の由、萬〻一公邊にる御取上ニ相成、我等政事へ拘り後, にとの儀にな、何れよりも申聞候事無之候へは、何事ニ不寄、不存筈には候へ共、天知地知, 不申候なは不相成事勿論故、此段申聞候、我等退隱後は、承知し通り、封書等一切不指出樣, 不忠と申には有之間敷哉、初政の砌、右樣の忠の者、萬〻一牢中にな病死にも及候な〓、此, 等の名目も、初候樣可相成處、於臣下は、たとへ中山初ニ惡れ候とたも、此家代〻の爲を存, 弘化四年七月是月, 五九三

  • 弘化四年七月是月

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  • 五九三

注記 (17)

  • 598,674,60,2200へは、定な追〻政府へも申出候事とは存候へ共、如何の都合候哉、此節の儀は、不相分候へ
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