『大日本維新史料 編年之部』 1編 7 弘化4年8月11日~同年8月29日 p.64

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なし、鼻唄をうたひて居し由也、, 一北亞墨利加人より火船の圖差上たる寫し見せらる、圖其中寫し留べし、, ふ曲録御免あらは糺問せん、左なくは御斷り可申由申出る、, 見、右のカヒタン曲録にらゝり、前に机を置、段々對語、漸出處並ニ鯨取る者に疑ひなき, よし相分り、對語の節、茶も煙草も飮せぬとて、蘭人殊の外に怒りしが、後通辭も其方漂, 國許にて奉行役色々の捌き、ことの外上手なりと自負して大ニ歡ひ、茶煙草の不快もと, 段々御□儀有之、座長ニなる故、こしらけ物御免とのよしにて心に任す、御奉行衆御透, 人對話けしりらす調ひたる由、市人擧て賞美するよし語りしりは、左そあらん、此方は, へ候處、指を傷る杯亂心の奴也、, 一同國人の内、一人發狂の奴有之、是ハ惣身眞墨に黥し、胸筋一通り殘し置よし、此者居處, けたりと也、其後北亞墨利加人も、阿蘭陀によつて歸國出來すへしとて安堵のおもひを, 此者は早死、跡の者ハ正直なる者にて、禮儀を守ることは、右の頭分の者の食する迄は, より逃出、上の山より石投下し人を騷す由、漸とらへ來る後、騷動する故、頭分の者取押, 皆待、一同に仕舞、一同にね、其後は無言、一同に起る抔、尤靜らなる者共也、, 右の段々はなしに成る、短尺ハ請合になる、茶菓美味也、晝前迄はなし、歸り懸栗崎道坡等, 弘化四年八月十三日, 六四

  • 弘化四年八月十三日

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  • 六四

注記 (17)

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