『大日本維新史料 編年之部』 1編 7 弘化4年8月11日~同年8月29日 p.71

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處、相波にて三宅散々濡る、, を大浦ゟ贈り來る、鯛の丸烹、, りて梅りはな大浦の出崎日影の下に暫繋居候處、大筒十三發、調へ至て宜しく、大抵□二, と、殘り留る者共の心おもひやられ〓、いとあわれにありしりは、, 比ゟとの事故、右之通追付居候處、一聲の鐵炮, 調子早し、船次第に遠さかる故、此方も歸船、, て、女媼氏の五色の〓の足も損しやせんと危まる、夫より賣船のかゝり居候にもやひ候, まは、如何せしや不分明、引船三拾餘艘、帆を揚て釆を振進む、兩御番所十四發うつ、此處, 十四五の處、矢繼音のはけしき事は、稻佐無凡烙火愛高山も崩し、はては天柱地軸に響き, を艤して乘らんとせしに、角之允等、悟眞寺見物の船漕歸るに逢、袴〓き羽織着替、船に乘, 袴打着て御屋敷の樣に行候へは、稻津氏已に小船に乘、漕出しに成居る、我等一艘の漁船, 筑州公御二階に御座有り、碇綱にもやひ居候處にて、又五發打つ、佐藤世話致し置候酒肴, 飯を贈り來る、めし四抔食、其中出船、蘭船に帆を上る二つ、又下す取扱ひ、目たゝく間な, 但、船乘出す前、船ゟ三四度、出島ゟ二三度開を合する、海路壹萬三千里の處、別れ行者, 壹體、盛合せ壹體、しびのさし身壹體也、酒九獻餘濟て、又, 出船をまねく扇の島人の, 海山を響らしけれは、すは出船よと、, 手繰を, 見る, しの由、, 一はな, 尾, 二, 弘化四年八月十三日, 七一

割注

  • 手繰を
  • 見る
  • しの由、
  • 一はな

  • 弘化四年八月十三日

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  • 七一

注記 (25)

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