『大日本維新史料 編年之部』 1編 7 弘化4年8月11日~同年8月29日 p.546

Loading…

要素

割注頭注ノンブル

OCR テキスト

敷事と被察候、又此上蝦夷地をも呑、日本ハ次第〳〵ニ狹められ、夷狄は年々歳々近寄, の人ニても、猛威を振ニ足べけれ共、今と成てハ、琉國の地理人情見透シたれハ、迚も六ケ, 來事なれは、夢〳〵呉〳〵弓斷は相成兼候、如何樣存ても、遲早はとも有れ、最早琉國は六, たれ共、彼方義ニ折る樣ニセんと思ふ時は、却〓琉人・薩人義ニ折レ〓、佛・〓の陷術中方, 樣ニ成事、大息之至之、夷狄ニていふ三ツの難題、何レか一ツ叶ふ時は、外二ケ條ハ自ら出, ハ我が十ケ年前ゟ、追々建白セる如く、嚴重打拂て不寄附時は、樣子不相分故、二頭三頭斗, 易く、又佛・〓義ニ折レ手を引儀、難整場ニ至候はヽ、戰爭猛威を示し候儀勿論之筋与評決, を示んと欲る場合ニ至りては、彼ゟ猛威を示されて、琉人・薩人恐縮する事見るか如し、是, 云々、屆は有之共、其場ニ至らは、薩州の敗北は易あるべし、如何となれは、實ニ寛猛の所, 可相成哉、左候ヘハ、理解セんと思ふ時ハ、先ゟ理解セられて、琉人・薩人義ニ折レ、又猛威, し可申ニ、僅ニ二頭三頭、一艘の夷船中の人數ゟも少く指遣置、如何して猛威を示し候事, 枕世界ニ出たる薩人、以前手ニ付たる手際ニハ安心難成〓、屆書は寛猛の二字を以、よく認, ケ敷被察候、セめては此上蝦夷地如琉球不相成樣不堪至願候、依乍例無伏藏認申候也、, 置可致了簡ならハ、日本永世の安危ニ拘る程の事なれば、大隅守初、多人數琉球ニ渡海, 丁未十一月廿八日夜、, 燈下亂筆、文字違等も多々, 可有之、御推覽可給候之, 琉球對策十, 分ニ注意ヲ, 要ス, 弘化四年八月十八日, 丁未十一月廿八日夜、, 五四六

割注

  • 燈下亂筆、文字違等も多々
  • 可有之、御推覽可給候之

頭注

  • 琉球對策十
  • 分ニ注意ヲ
  • 要ス

  • 弘化四年八月十八日
  • 丁未十一月廿八日夜、

ノンブル

  • 五四六

注記 (23)

  • 685,683,73,2229敷事と被察候、又此上蝦夷地をも呑、日本ハ次第〳〵ニ狹められ、夷狄は年々歳々近寄
  • 803,689,70,2215の人ニても、猛威を振ニ足べけれ共、今と成てハ、琉國の地理人情見透シたれハ、迚も六ケ
  • 455,684,73,2223來事なれは、夢〳〵呉〳〵弓斷は相成兼候、如何樣存ても、遲早はとも有れ、最早琉國は六
  • 1735,695,65,2220たれ共、彼方義ニ折る樣ニセんと思ふ時は、却〓琉人・薩人義ニ折レ〓、佛・〓の陷術中方
  • 571,682,71,2229樣ニ成事、大息之至之、夷狄ニていふ三ツの難題、何レか一ツ叶ふ時は、外二ケ條ハ自ら出
  • 920,702,70,2209ハ我が十ケ年前ゟ、追々建白セる如く、嚴重打拂て不寄附時は、樣子不相分故、二頭三頭斗
  • 1617,690,66,2226易く、又佛・〓義ニ折レ手を引儀、難整場ニ至候はヽ、戰爭猛威を示し候儀勿論之筋与評決
  • 1037,689,66,2228を示んと欲る場合ニ至りては、彼ゟ猛威を示されて、琉人・薩人恐縮する事見るか如し、是
  • 1500,694,67,2224云々、屆は有之共、其場ニ至らは、薩州の敗北は易あるべし、如何となれは、實ニ寛猛の所
  • 1150,686,70,2229可相成哉、左候ヘハ、理解セんと思ふ時ハ、先ゟ理解セられて、琉人・薩人義ニ折レ、又猛威
  • 1267,691,67,2226し可申ニ、僅ニ二頭三頭、一艘の夷船中の人數ゟも少く指遣置、如何して猛威を示し候事
  • 1849,693,68,2221枕世界ニ出たる薩人、以前手ニ付たる手際ニハ安心難成〓、屆書は寛猛の二字を以、よく認
  • 347,690,70,2130ケ敷被察候、セめては此上蝦夷地如琉球不相成樣不堪至願候、依乍例無伏藏認申候也、
  • 1385,687,66,2229置可致了簡ならハ、日本永世の安危ニ拘る程の事なれば、大隅守初、多人數琉球ニ渡海
  • 240,798,60,518丁未十一月廿八日夜、
  • 265,1338,47,479燈下亂筆、文字違等も多々
  • 220,1343,46,441可有之、御推覽可給候之
  • 1528,320,45,208琉球對策十
  • 1474,319,41,202分ニ注意ヲ
  • 1418,321,40,71要ス
  • 1973,868,44,376弘化四年八月十八日
  • 239,798,60,518丁未十一月廿八日夜、
  • 1968,2426,42,120五四六

類似アイテム