『大日本維新史料 編年之部』 2編 4 安政1年2月11日~同年2月23日 p.34

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を置き、之に紙片・米・銅鑼・瓶・酒及ひ香を置きて之を焚きたり、ジヨンの讀經終れは、死, 式を初めたり、彼は銅鑼を打ち、玻璃及ひ木の珠を以て作りたる念珠を繰り、祈祷を誦し、, 佛僧已に待ち居たるを見たり、, 其間絶えす香を焚けり、斯くして彼は米人か散し去りて、日本の見物人か未た小山に群り, て、この珍奇なる行列を見るに急かはしく見えたり、此の埋葬地は日本人の墓所に隣りて、, ンは法服を着して上陸せしか、日本吏員の丁寧なる出迎に遇へり、彼等は耶蘇教并ニ其僧, 知るを以て、其談る所を聞くに、日本に行はるゝ者と殆んと類似せり、其より後、日本の官, 其墓所には石像又は墓碑多く并ひ立てり、一行の着せし時、絹の〓箔ある法服を著けたる, 侶をは、痛く嫌ふなるべしと思ひしに、案外なりし、見物人は夥しく群集し、何れも不思議, 敬禮を表したり、この路は村中を横切りしかは、村民は馳せ走り、又は店を明拂ひなとし, 體を埋め、行列に從ひし者は歸途につきぬ、此の時漸く佛僧は其宗旨に從て、奇妙なる儀, 居る頃迄、其儀式を續けたり、通辯ウヰリアムは永く支那に滯在して、能く佛教の儀式を, 吏は墓の周圍に奇麗なる竹垣を繞らし、又其傍に小舍を作りしか、是れ日本の習慣により, そうに凝視めたりしか、一行が幽かなる大鼓の音に連れて練り行きし時には、皆な相當の, 法教師ジヨンは新教大寺の經を讀みしか、此間佛僧は其の傍の疊に座し、其前に机, 日本官吏墓, 佛僧ノ儀式, ヲ守ル, 見物人群集, 安政元年二月十一日, 三四

頭注

  • 日本官吏墓
  • 佛僧ノ儀式
  • ヲ守ル
  • 見物人群集

  • 安政元年二月十一日

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  • 三四

注記 (21)

  • 943,623,74,2222を置き、之に紙片・米・銅鑼・瓶・酒及ひ香を置きて之を焚きたり、ジヨンの讀經終れは、死
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