『大日本維新史料 編年之部』 2編 4 安政1年2月11日~同年2月23日 p.514

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はんと存候ても、大艦無之、加之下田港之義は、彼亞弗利加英夷所領喜望峰の如く、七十, 五里遠州灘を走せそ、一旦下田港へ罷越不申候半なさ、日本船迷惑いたし候趣、是迄も, 下田港にて日本各國船運上を取候よし、然ルに夷奴之所領ニ相成候て、矢張運上をとり, 之由、夫ゆへ、一旦彼か有と相成候はゝ、陸ゟ之攻撃ニ難相叶、又海上より攻撃いたし候, 勢之趣、其趣意は、下田港之義と前後左右皆山にて、迚も岡より臺銃般送六ケ敷土地柄, 廟議候義さ至重之事にて、六ケ敷との織部返答之由、夫より藤田誠之進へ罷越申候處、, 下田沖之義を極々之切所とて、彼所へ交易場か、又は石炭御渡場等有之候ては不相濟地, 幕朝御爲ニ不可然、又江戸へ參らんとすれは、一日を費さすして迅速に走込申候半、江, も終夜默坐いたし居候ニ付、又々今日御屋形へ罷出、愚衷申上度段申立、左之通り、, 人共へも種々申達候へ共、更ニ取用無之處、先修理存丈ケ主何方へ申候ても宜旨、許有, 候へは、爲夫ニ日本船甚迷惑、旁以, 戸の人は眼前ニ船見へ不申候ゆへ、自分怠慢ニ流れ申〓くは必然之勢と奉存候、夫より, 誠之進とさ聞受も宜、尤之存ニ付、前中納言殿へ申達候半と之事、誠ニ寢食を不安、昨夜, 方へ罷越候處、修理存込候義は誠ニ尤至極之義二て, 有之候得とも、何分變, 之候ニ付、早速昨日堀織部, 御目付兼あ, 懇意之由、, シ難シ, ニ歸セバ海, 堀織部ニ説, 陸共ニ攻撃, 下田彼ノ有, 藤田ニ説ク, ク, 安政元年二月二十一日, 五一四

割注

  • 御目付兼あ
  • 懇意之由、

頭注

  • シ難シ
  • ニ歸セバ海
  • 堀織部ニ説
  • 陸共ニ攻撃
  • 下田彼ノ有
  • 藤田ニ説ク

  • 安政元年二月二十一日

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  • 五一四

注記 (27)

  • 820,707,67,2153はんと存候ても、大艦無之、加之下田港之義は、彼亞弗利加英夷所領喜望峰の如く、七十
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