『大日本維新史料 編年之部』 2編 4 安政1年2月11日~同年2月23日 p.516

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〔象山先生小傳〕, すべからずと被存候、さて〳〵浩嘆の事に御座候、某なども是迄數年閑風月を管領罷在、, 旦緩急あるに當りては、直に之に應じ難し、寧ろ横濱を開くの上策なるに如かずと、乃ち, 死去、老公も御他界、堀も此度縮命と承り、其節の事存出で、愴然たるを免れず候、夷人三, 人の方へ罷越し、討論數刻に及候事有之、夫より水府の御邸へ罷出で、藤田誠之進, に面會、愚策の次第同人を以て老公へ申上候義も御座候所、七年に滿ず候間に、誠之進も, 計にあるまじくと存候より、其義建白の爲、江府へ立〓り、公の御許容を得候て、夜中御同, 靜山先生臺下, まで早々申上候、以上、, の議略ぼ決すと聞きて、以爲へらく、下田は僻遠にして、且つ天城日金の險あるを以て、一, 二月二十一日、直に江戸に馳せて、之を幕府の當路者に説き、又水戸侯を動かさんとして、, 天幸と存じ候所、始終如此にても在られ申まじくと存候義に御座候、先は拜答〓緩の申譯, 百人程にて安藤侯へ出候は、プロイセンと申事に承候、横濱の一事は實に亂階其〓を旋ら, 先生の横濱に在るや、幕府の外國に對する態度の卑屈なるを〓歎す。既にして下田開港, 朔日, 大星拜, 朔日大星拜, 集所載, 舊名虎, ○象山全, 之助, 安政元年二月二十一日, 五一六

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  • 集所載
  • 舊名虎
  • ○象山全
  • 之助

  • 安政元年二月二十一日

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  • 五一六

注記 (23)

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