『大日本維新史料 編年之部』 2編 4 安政1年2月11日~同年2月23日 p.707

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ツヽ出さしむ、去年一ケ年は出したり、萬事是ニて其苛政を可察と、云々、, 尚又侯を〓さんとて、一揆道ヲ塞て騷動するよし也、是は六月中仙臺へ數人かけ込、一旦, 年より國政亂れて、正体無之体のよし之處、此年頃甚しくなり、人別壹人ゟ一日せに八文, し出しなから、約ニ違へて一同皆〓候より、又々事起り、此大亂ニ及ふと云々、南部は廿ケ, 〔色川三中手記〕, 早飛脚本街道通路とほりかね、此土浦街道を下りしは此事之と云々、其後靜まりしにやニ, 承及し處、連々事弘りたるの由こて如此、扨々夫ニ付ても土浦の〓田なに事そや、, 云々、私言此事は六月異國取込之中ニな、尤大なる騷動ニ有之之處、仙臺江戸藩ゟ御國へ, 事相濟し處、仙臺ゟ預り候百姓數人、南部へ歸し遣候處、成敗いたし候事無之よし書付さ, 家伯教兄, 御出立と申噂ニ御坐候、譯は委敷不承候へとも、夏中の百性一揆、事弘かり候よし之事と, 十四日、南部の百姓一揆尚不靜、七月中より再發り立、取鎭人家老一人を鐵炮にて打殺ス、, 今日仙臺侯御出立ニ成ル、津輕侯も御いとま、何れも南部取鎭の爲と申事、賀州侯も明日, 嘉永六年十月二日、江戸在留金二郎方ゟ廿八日出書状到來、言南部一件なと追々事弘り、, 頑弟矩拜, ○中, 略、, ○色川俊二, 八月晦夜、於燈下書, 郎所藏本, 之、紙盡油盡而意未盡、, 略, 取鎭ノタメ, 侯南部騷動, 歸藩トノ噂, 再發, 仙臺津輕兩, 南部一揆ノ, 安政元年二月二十三日, 士〇七

割注

  • ○色川俊二
  • 八月晦夜、於燈下書
  • 郎所藏本
  • 之、紙盡油盡而意未盡、

頭注

  • 取鎭ノタメ
  • 侯南部騷動
  • 歸藩トノ噂
  • 再發
  • 仙臺津輕兩
  • 南部一揆ノ

  • 安政元年二月二十三日

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  • 士〇七

注記 (30)

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