『大日本維新史料 編年之部』 2編 4 安政1年2月11日~同年2月23日 p.709

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○附録, りても更ニ聞入す、八戸上總5申家老參り、漸連歸り、此者申諭し治ルよし、, 〓色なかりしも、偶〻首謀者曩綿村の忠兵衞急病にて死したるより、農民等落膽して騷擾は何時ともなしに鎭靜した, 事を起すに先ち、野田通の農民某々等、仙臺領氣仙郡下有住に赴き、同村の清藏・富治・百太郎等の宅を訪ひ、この地へ, 郷村民多數移住したき旨を告げて、その斡旋を依頼し、清藏等これを諾したるにより、一同力を得て野田に歸り、附近, り、されどこの計畫は一朝一夕のことにあらざるを以て、五月下旬に至り田ノ畑村民蜂起し、その數六百餘人にして, 等に使役せられて、農業をなすの暇だも有せず、斯くては到底この土地に永住する能はずとて、一揆を企てたるなり、, 先づ第一に門村の儀助の營業せる鑛山事務所二箇所を破壤し、諸帳簿を燒棄し、更に儀助の居宅倉庫を破壞せんとし, 地方富裕の給人等この困難に乘じ、四割五割といへる高利の貸金をなして借主を苦しめ、細民は負債のために日々彼, の農民を誘ひ、この計畫を實行せんとて竊に協議中、またもや野田通に三百八十兩の御用金を命ぜられたるより、機, 盛岡よりは代官頭取寺本惣内出張してこれを慰諭し、同御用金をも免除することとせしが、最初は容易に聞入るべき, 民の大一揆あり、その際新税免除の約によりて一且鎭靜したるも、公約は更に實行せられずして、種々なる名目の税, は、城内え兩國橋之寫のよし橋を懸、茶屋体を拵、女子共を置き、無頼無限、續柄の家老, 金御用金は年毎に増加し、殊に當年二月より改正せられたる諸代官所の郷割によりて、負擔一〓重きを加へたるに、, 嘉永六年五月、閉伊郡野田通の農民一〓を企て、仙臺領に押寄せて大騷動を極む、七年前、即ち弘化四年にも野田通農, 至れりとして一〓の火の手は先づ田ノ畑村・沼袋村・大蘆村によりて揚げられたり、右につき代官所より役人出張し、, 何某の計ひ5申事、昨年中徒黨之者、仙臺城下迄も參ルよし、水澤ニな留置、南部家老參, 〔南部史要〕, 安政元年二月二十三日, 勃發, 農民一揆ノ, 鎭靜, 再發, 安政元年二月二十三日, 七〇九

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  • 勃發
  • 農民一揆ノ
  • 鎭靜
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  • 安政元年二月二十三日

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  • 七〇九

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