『大日本維新史料 編年之部』 3編 1 安政5年1月 p.376

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正論公議、確然たる事共故、公深く御甘心ありて、根本を固ふする御論より、昨年來御周旋, 祈願罷在候と、忠愛之至誠人を感動する計りなれは、公大に御感激まし〳〵、是迄要路に, 大御變革ニ付るも、根本の御固め無之、時の宰執の權宜計りにては覺束なくこそ候へと、, 立て官途に馴れたる事なれは、御周旋の道路を問はセ給ふに、尾州後宮其外御手入れある, へき筋々を端々獻策せられしか、いつれも已ニ御手も廻り有之故盆感服に堪へす、猶考へ, 候事多々御坐候が、是は天下の人動かし難きを知て心服せし故かと被存候、されは今般の, 物事中途より出候而は、人心の信服も慥ならす、已ニ徳廟の御政跡ハ今に至つて貫き居, も、全く此ニ止候事にて、已ニ先年長崎表へ御暇の節は、御前へ被召出候御例故、此時こそ, 被申上しは、公邊の御定套にて、評定一坐の申立は等閑にはなし置れさる御事候へハ、此, 方ゟ申立候半樣に、筑後守、寺社奉行之内懇志の者も候へは、申談しセめての御加勢仕見, ありし西城の事を片端洩らし聞えさセ給へは、筑州〓を流して感歎に及はれ、僕等か愚見, 千歳の一遇と存詰、建儲之義を御直に申上候ひき、其已來は晝夜念頭こ絶えす思を焦し候, 稱候樂翁公の御政績すら、罷免之後は行はれ難き事のみ多く相成候、畢竟根本固からす、, 也、此義ハ徳川家之御爲最第一候へは、此事ニ付るは身命を抛ち、力を盡し可申と默祷, 候はんと、頼母敷ものせられ、永井玄蕃・鵜殿民部・堀織部・岩瀬肥後抔、何も無二の同志に, 談ズ, 建儲問題周, 旋ノ方法ヲ, 安政五年正月十四日, 三七六

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  • 談ズ
  • 建儲問題周
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  • 安政五年正月十四日

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  • 三七六

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