『大日本維新史料 編年之部』 3編 3 安政5年3月1日~同月20日 p.350

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し、上下一致國民の力あらん限りは、外敵を打拂ふの大憤發を爲さしめんこと肝要なり、此の如く全國義勇の氣象, を振ひ起さば、至誠神明を感格し、神風の冥助もあるへし、日本の國號も海外に輝き、諸蠻も睥睨の念慮を收め、〓, 一たひ拜讀せは、確乎たる叡慮に感泣し、志士仁人は申す迄もなく、蘭學の徒も身を殺し國に報ゆるの赤心を顯は, 誤の擧動を休め、禮讓を盡して講和を乞ふに至るへし、是時に於て和を。講するも講せさるも、我れ主たるに依り、彼, 忍ふ〓からす、斷然と攘夷の大詔を天下に宣布し、全國死力を盡くして墨船を撃攘し、其來襲を防禦すへし、此大, を深く顧慮せしは瞭然たり、而るに御引請遊はさる抔と言上するは、自家撞著の言なり、其書辭の不都合は差置き、, 申上浮しや不審の至なり、抑當御宇の初、弘化三年以來、神州の瑕瑾なき樣にとの御沙汰數度あらせられたるも、神, 如し奉るの甚しきものなり、此等の廉は、屹度御詰問遊はされたき事なれとも、既往は件むるも徒に紛紜を生する, に至る迄、人心居合候樣遊はされ度に付、右御所置振等叡慮御伺として云々とあるを見れは、關東に於て、人心居合, も強ふること能はす、是れ義兵を以て敵を屈するものにして、所謂危中に安を求め、死中に活を得るの計策なり、, 詔は、御國の興亡に關係する大切のものなれは、御人撰の上、草案執筆を仰附られ、文辭簡短にして御趣意貫徹し、, 先第一に神宮始め御代々に對させられ、〓慮を惱ませらる云々との、御眼目の御趣意を、何と拜見し、右樣の御返答, 無禮の働をなさは、最早一戰して拒絶するより外に術はなし、此時に至らは軍備の整はさるを名として、其恥辱を, 一今度關東より御返答の書辭、傲謾無禮なるは申すまてもなく、人心居合方の儀は、如何樣にも關東にて御引請遊ば, 宮始め御代々に對せられ云々との御趣意に外ならすして、誠に肝要の所なるに、之を輕々に拜見せしは、朝廷を蔑, さる云々と申上〓しは、如何の心得なるや、甚た其意を解せす、嚮に佐倉侍從上京の事を言上する書面に、列侯諸藩, に過きすして詮なき事なれは、其反省自新を聽るし、國内一致を緊要とし、徳川家長久、征夷の職掌を曠ふせしめす, して、御國威擴張の叡慮御貫徹の場合に相成る樣、專ら御仕向遊され然る可し、, 第二徳川家長久を思召さるゝの事, 安政五年三月十四日, 三五〇

  • 安政五年三月十四日

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  • 三五〇

注記 (21)

  • 1500,713,62,2170し、上下一致國民の力あらん限りは、外敵を打拂ふの大憤發を爲さしめんこと肝要なり、此の如く全國義勇の氣象
  • 1406,713,62,2173を振ひ起さば、至誠神明を感格し、神風の冥助もあるへし、日本の國號も海外に輝き、諸蠻も睥睨の念慮を收め、〓
  • 1598,720,57,2165一たひ拜讀せは、確乎たる叡慮に感泣し、志士仁人は申す迄もなく、蘭學の徒も身を殺し國に報ゆるの赤心を顯は
  • 1310,712,62,2175誤の擧動を休め、禮讓を盡して講和を乞ふに至るへし、是時に於て和を。講するも講せさるも、我れ主たるに依り、彼
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