『大日本維新史料 編年之部』 3編 5 安政5年4月11日~同月25日 p.678

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ぬ人に坐せは、さる事となりなは、如何なる非望を企られんも量りかたけれは、かた〳〵, れたる御方とは承り候へと、又宜事のみとも聞え候はす、別ゆ御實父の水老公はけしから, の御方を建おかれんも障る筋は有ましけれと、斯く指當りたる艱難の秋に、御齡またしき, へる上は、他人も亦同し心なるへし、二心なき事は誓つて申上へけれとも、失望すましき, の御事にて、いかにとも爲んすへなけれは、兎にも角にも紀伊殿の外には建へき御方はあ, 情は得かたくこそ成行くらめ、其處は如何おほすやと詰りたれは、左樣の差支も有へけれ, められたらん時には、〓議に隨はれて、依舊二心なく忠勤あられん事の願はしく思ふなり, らす、しかし兄を初諸大名にも刑部卿殿を推戴せらるゝも多けれと、いよ〳〵紀伊殿に定, 紀伊殿ならては適ひ難かるへしと云へる故、事なき時の天下ならんには、御續柄もて少年, にて、二心を抱くへくもあらねと、天下の御爲に失望はいか計なるへきや、余かしかおも, と、指向き上に刑部卿殿をよしと思召さす、本壽院尼公なとは、とり分て忌み嫌ひ給ふ樣, 御方にては天下の人心安着も致すましく候へ、又京師にても、刑部卿殿の御事は御評判宜, といへるからに、台慮をもて定めらるゝに何とかはすへき、忠を時君に盡すは當然の事, 由にも候へは、此御方をさし置れて、幼冲を建られなは、何事につけてもいよ〳〵京師の, とは申難くこそと申せしかは、大老はいと不興氣に見えて、此事はかく申挑みたる迄にて, 繼嗣ト爲サ, ヲ以テ將車, 直弼紀州侯, ントス, 安政五年四月二十五日, 六七八

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  • 繼嗣ト爲サ
  • ヲ以テ將車
  • 直弼紀州侯
  • ントス

  • 安政五年四月二十五日

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  • 六七八

注記 (21)

  • 1705,642,65,2214ぬ人に坐せは、さる事となりなは、如何なる非望を企られんも量りかたけれは、かた〳〵
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