『大日本維新史料 編年之部』 3編 3 安政5年3月1日~同月20日 p.455

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部は大和殿へ伺はれたるに、大和殿は聞受よくて申されけるは、御暇被仰出たる上なれは, れは、公其由を阿波殿へ御物語ありて、十八日の御發駕を御指留なされたり, 台旨にて御指留あらん事は難けれとも、越前抔の心得もて指留置事は承るへき旨なりけ, れも阿波殿には、國へ行く事を嫌ひ給ひて、事を左右によセて江戸に居給へる事度々なれ, 一、此日申半刻はかりに阿波殿御入來ありて、備中殿歸府あらん迄御滯府の事、阿波殿に, 三月十六日、今朝師質鵜殿民部少輔殿へ御使に往きたり、御口上如左、, 今となりてとゝこおり給はんには、擧國人心の動搖にも關かるへきかと御心痛なる由、こ, 御相談あり、夜こ入て御退散なり, 共一統、殊之外歸國相待居候折柄故、假令暫之義こあも、此表に留まり候事と相成候へ, は深く歡ひおほせと、此年頃久敷御入國なくて、今年は士民共に殊に待居る事なるに、唯, は、此度もかくならんかと、人心危踏て穩なるましき由なとをも、打出て語らひ給ひて難, 處、同人儀近年打續き致滯府、都合八ケ年國元へも不罷越候ニ付、當年之處は、國元士民, 澁し給ふ故に、公も強ひかね給ひて、さらは鵜殿へ御談しありし事を、取返し給はん事を, 昨日、於營中及御内談候備中守殿歸府有之候迄、阿波守滯府之義、早速阿波守へ申聞候, 待たるゝのみなるよしを申上らる、「鵜民部へ御逢あり、阿波殿の事を御談ありしかは、民, ・○中, ・〇中, 略、, 略, 訪フ, 鵜殿長鋭二, 齊裕慶永ヲ, 遣ハス, 中根靱負ヲ, 安政五年三月十五日, 四五五, 四五五

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  • ・○中
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  • 略、

頭注

  • 訪フ
  • 鵜殿長鋭二
  • 齊裕慶永ヲ
  • 遣ハス
  • 中根靱負ヲ

  • 安政五年三月十五日
  • 四五五

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  • 四五五

注記 (27)

  • 1724,621,59,2211部は大和殿へ伺はれたるに、大和殿は聞受よくて申されけるは、御暇被仰出たる上なれは
  • 1494,631,59,1935れは、公其由を阿波殿へ御物語ありて、十八日の御發駕を御指留なされたり
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