『大日本維新史料 編年之部』 3編 7 安政5年5月11日~5月晦日 p.781

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上られしなり、, 勅あらせられん樣御周旋あるへしと、三條殿へ御申越あられん事を御相談被爲在たり、, 師へ御伺成りたらん時、刑部卿殿に御定めあるへしと、公然降, 一〓の御奮激にて、御歸殿の折、土佐殿へ御出ありて、備中殿云々の次第御物語ありて、京, 天意の在る處も昭々なれは、猶人事を盡さすしては九仭にして井を廢すといふへしと、今, にもなるへきか、さらは田安は公の御相續ともなるへき歟、左ありては爲すへき事共の, 手を拱すへき時にはあらす、殊更に人事を盡さるへきに御決評なりき、紀州の御跡の事を, なけれは、未定の形象なきにしもあらす、且, 備中殿物あり氣に御答へに及ひ兼られしにつき、此頃世に申はやす如く、田安殿の御相續, 五月晦日、, 一御歸殿の上、執政初例の面々召出されて御評議ありしに、公の思召す如く、機を見て, 一公、備中殿の申上られし事を御熟考あるに、内儀已に定るに似たれとも、動きなきにも, 爲し得ましき歟なと、種々思召煩はせ給ふ事限りなし、, あらさるや、尾張殿被仰立の事をも申され、又朔日の御内意も、京都の伺も御名指の事は, 一、昨日備中守申上られたる次第につき、さるとき御存分あらば被爲聽度との御内書御渡, 略, ○中, 爲メニ盡力, 御指名ノ策, 福井藩上下, 一橋慶喜ノ, 一橋慶喜ヘ, セント決ス, 安政五年五月二十九日, 七八一

割注

  • ○中

頭注

  • 爲メニ盡力
  • 御指名ノ策
  • 福井藩上下
  • 一橋慶喜ノ
  • 一橋慶喜ヘ
  • セント決ス

  • 安政五年五月二十九日

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  • 七八一

注記 (25)

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