『大日本維新史料 編年之部』 3編 4 安政5年3月21日~同年4月9日 p.619

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心得置へき事之, ちに。漆に蝸牛を潰しミ交れは。漆色別段によろしと申たわ。漆かふ犯は。いか樣なるに, と。少も覺たる〓なし。既此太八郎かとし。今ならは。其日の夕かたは忘るへし。太郎慶, 内に出たる。太八郎といふ宿役人有。このもの才子にて。シンカイノ荒四郎か子孫。今は, 宿之役人に。太八郎といひそ。三十四年前に。凡三十歳はろりの者。今も有やと承たる, くら賀野宿出立候あ。深谷宿にて。晝休いたし。熊谷宿に止宿○今日も。風邪にて歩行な, 蕎麥やにて。こゝに住居いたし候。岡部之六彌太か墓は。こゝ之とて。案内しえ。上州武, し。左衞門尉二十五歳之節。東海中山之兩街道を通たる時覺たる斗こあ。其後〓通たれ, に。それは宿内にて之利キものにて。學問も出來。男谷彦四郎の弟子にて。書をもよくせ, し。建場にても。かひまきにて。〓ころひ居申候○左衞門尉廿五歳之節。深谷宿より。案, しか。三十六才はろりにて。病死いたし候由を申たり。長壽ならは。聞ゆるものとなるへ, 州は。いにしへ武を用ゆるの國之と申たるよしなと。いひしとを。今日おもひ出之。深谷, 十七日晴日光の御祭禮日なりと申に。との外なる快晴にて。こゝろよし。○六半時に。, 來町奉行山田三郎といふもの。以前より知人之。漆木植附のとに委し。と聞く。尋たるう, ても。ひよとり上戸と。忍冬よの湯をたてゝ遣へは。追こみなしに。よく直ると申たり。, 八犬傳にハ。かにをつふ, してつける。といふ〓有。, 熊谷驛ニ至, 安政五年四月五日, 六一九

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  • 八犬傳にハ。かにをつふ
  • してつける。といふ〓有。

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  • 熊谷驛ニ至

  • 安政五年四月五日

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  • 六一九

注記 (20)

  • 1490,703,60,395心得置へき事之
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