『大日本維新史料 編年之部』 3編 5 安政5年4月11日~同月25日 p.672

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御歸殿なり、, を落したり、, なりにけれは、直に備中殿へ被仰入たれとも、是も土佐殿御出のよしにて、御斷りなりけ, れと、強て仰入られけれは、御退出の上、御出あるへきとの御事にて、御見合せの上、未の, 一、此日伊達遠江守殿、大老へ御出ありて、夫ゟ土佐殿へ御出あるへき御兼約なりし故、, 劒に及はれけれは、備中殿も夫は何事に候哉と、是も〓劒して膝を進られける故、公仰, 半刻比御出ありけり、思召込められたる御事あれは、御對面の上、けふは毎もの御職分へ, 々も、何となく危踏居候と見聞候か、さる事も候や、天下の爲に憂はしくこそ候へと宣ふ, 一、昨夕被仰込、今朝伊賀殿へ御逢對あるへきなりしに、今朝になりて、伊賀殿ゟ御斷りに, けるは、近比御大老を命せられし後は、何とやらん廟堂も樣變りて覺え候か、窃ニ承候へ, は、足下と大老とは御間柄も事ありけに聞候、將身を足下の指麾に任せたる海防懸りの面, 對候ての事には候はす、年來知己の好みをもて御物語に及ひたくて參り候と、先つ御〓, に、備中殿、年比の好みもて事別て尋ね給ふ上は、僕も職掌を離れて包ます申候半か、の給, すなりにたりと、大息繼いて悔ひ歎かれしかは、丹州の心の内も思ひ汲れて、師質も共に〓, 公、天徳寺へ御參詣の御歸るさ、土佐殿へ被爲入しに、何故にや遠江殿御出なくして空敷, 慶永正睦ヲ, 訪フ, 安政五年四月二十五日, 六七二

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  • 慶永正睦ヲ
  • 訪フ

  • 安政五年四月二十五日

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  • 六七二

注記 (19)

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