『大日本維新史料 編年之部』 3編 1 安政5年1月 p.129

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登營も仕候へは、此事取仕切りて、議し申へき由を申されけるとそ、, 體にも及ふへけれは、兎も角も此表に坐す程に、事定らては適ふましきよしを、懇々切々, 定ありたき御事柄なるに、備中殿御上京にて、次第に延ひ〳〵しく相成候半ゝ、有志の解, 然有んこそかた〳〵宜しかるへけれといへる故、御直書被遣なは、直に御城まて指出すへ, 兵衞例の膽小さくて大に怖れ、さる御大事の筋は、おのれらより申聞候はんよりは、御直, 備中殿の此表に坐す際に、内々なりとも決定あらん樣にこそ議らめとおほし立給ひて、久, 御誠意を盡され説かれけれは、大和殿も大ニ御同意ありて、仰せ御尤に承りて候へ、是ゟ, 正月九日、久世大和守殿へ御出あり、先つ西城の御事御評議の樣を問はせられしに、御役, 人共の内に、右に左申向きの候ひて、去年御決評の際に至り、又此春へ延ひにたる由を申, れす、よしや月立す歸り給ふとも、さては公の御歸國の時としもなるへけれは、右も左も, 給ふ、公此事ハ豫ても申とく、天下人心の安危にも關係すへき事候へは、一日も早く御決, 書をもて仰セ聞られんこそ然るへけれ、最早登城にも候へは、急かせ給ふ事ならんには、, 世大和守殿へ御逢の事を被仰入たり、, 一、御歸殿の上、此事伊賀殿へ仰入られん爲に、師質を岡部九郎兵衞まて被遣たれは、九郎, 都への御使被仰付たれは、いよ〳〵事迫りたる御心地して、備中殿の歸府あらん程もしら, 題ヲ決定セ, 前ニ繼嗣問, 慶永久世廣, 周ヲ訪フ, 堀田ノ上京, ントス, 安政五年正月七日, 一二九

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  • 題ヲ決定セ
  • 前ニ繼嗣問
  • 慶永久世廣
  • 周ヲ訪フ
  • 堀田ノ上京
  • ントス

  • 安政五年正月七日

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  • 一二九

注記 (23)

  • 676,621,58,1676登營も仕候へは、此事取仕切りて、議し申へき由を申されけるとそ、
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