『大日本維新史料 編年之部』 3編 6 安政5年4月26日~5月10日 p.488

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件々のなきにしもあらさりき、, くは本宗を續かんの奸謀あり、去にし甲辰の國難も、專ら此侯の陰計多きに居る而已な, る事にて、後果して國亂も到來せり、, て、主家の安心を謀らんと思ひ入たる忠誠赤心の却る〓胎となれる事は、後に思ひ合する, なくては、却て御爲よろしからぬ事にもなるへけれは、當納言殿のは遠江守殿の御扱ひに, り、吉見左膳を以仰せ越されたる事も候なり、いつれに御爲よからんやうに心得て候なり, らす、掃部殿は溜詰の同席にて日比より懇意にも坐するからに、安島の先見憂懼も宜な, 任せられ、品能く御濟しなさるへく、老公のは猶能閣老衆へ御談話の上にて仰せ上られん, 一、今朝松平伊賀殿に御直書を被遣たり、是は御出勤の程の知れ兼て、事の遷延せん事を, との御事共なり、彌次郎畏りて仰の通りはからひ申へし、當公御建白の事は昨日龍土侯よ, 師質云、松平讃岐守殿は腹黒き人にて、水府の奸党に結んて、宗家の權柄を奪ひ、あはよ, おほしめしなり、如左、師質云、此御書、昨十一日被遣たるなり、誤て本日に出せり、, り、さては再ひ國難を釀すへき事照著なりと、深く患ひ懼れて、如何にもして大老を黜け, と御申上たり、此人も掃部殿の大老となられては、又讃岐守殿の奸計の熾盛こなるへきし, 然は、過日備中守殿え罷越御申聞御坐候水老公御建言一條、不容易事こは候得共、何分, 書ヲ贈ル, 慶永忠固二, 松平頼胤ノ, コト, 安政五年五月三日, 四八八

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  • 安政五年五月三日

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注記 (21)

  • 1009,645,56,759件々のなきにしもあらさりき、
  • 774,704,61,2158くは本宗を續かんの奸謀あり、去にし甲辰の國難も、專ら此侯の陰計多きに居る而已な
  • 544,708,56,899る事にて、後果して國亂も到來せり、
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