『大日本維新史料 編年之部』 3編 6 安政5年4月26日~5月10日 p.690

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外の峯々に各遠見番ありて、海際なる白帆の筍の如く眼鏡に映ずるや、合圖を以て之を長崎に報知し、よりて長崎よ, 詞を與へ、六月より、佐嘉城下に於ける鐘・盤木の合圖は、追々之を省約せんとて、露國其他數箇國諸船の時々渡來す, り、該市民は狎れて、又白帆注進かと嗤笑するに至りたりしを以て、機敏なる公は、已に之を悟られたりしが、折恰も, より〓早に渡航し、九里餘を陸行して、長崎に繰り込むにつれ、次の指揮に從うて、二番立・三番立と、順次に繰り出し, 開港貿易を許す時宜となりたれば、其となく此空騷ぎを止めんと欲し、五月、諫早の領主盆千代へ、『長崎表御警備に, ば、旁々自然見違もあるに至るべく、因て以來は白帆注進の合圖打方を止め、異國船の邪正を糺して、早速立の人數を, つき、從來該地への出張を迅速ならしむべく、矢上村其外へ土着仕組をなしたりしに、家來共よく粉骨勉勵して、其任, り更に諸方に知らすべく仕組みたるものにて、其注進はもと晨旦にありて、日暮佐嘉に達するを常としたりしに、蒸, 立て、之を聞ける士は、盡く大組頭の宅に集まりて、命を待つを例としたるが、その一番早速立の人數の即時本莊津, るあるのみならず、和蘭商船も亦〓季に拘らず數艘入津し、且つ公儀に買ひ入れられたる蒸氣船も數艘運用を爲せ, 氣船の發明ありてより、啻に夜中に該注進の鐘・盤木を聞くのみならず、春秋の沢季なくなりしため、嚴冬にも亦斯報, 差し立つべき時にのみ合圖をなすべしと定められ、只白帆注進のみ長崎仕組方・御番方に例の如く報ずることゝなれ, あるに至り、ために煩忙は年一年と加はり來りたり、されど長崎に於ては、一度も大砲の火蓋を切りたることなきよ, 九日, たるを以て、この四五年間の如く、鐘・盤木の〓打せらるゝに至りては、唯奔走に憊るゝあるのみ、元來白帆注進は、港, に努めたるを以て、かくの如く行き屆きたる不虞の警備を爲し得たり、尚此上とも將來の繼續を圖るべし、』と特に褒, 〔安政年録〕, ニ朝鮮信使聘禮用掛ヲ命ズ。, 幕府、目付津田半三郎, り、, 五月九日、, 近江守, 課所藏本, 正路○後, ○内閣記録, 癸, 未, へ褒詞ノコ, 諫早盆千代, 安政五年五月九日, 六九〇

割注

  • 近江守
  • 課所藏本
  • 正路○後
  • ○内閣記録

頭注

  • へ褒詞ノコ
  • 諫早盆千代

  • 安政五年五月九日

ノンブル

  • 六九〇

注記 (31)

  • 1555,620,61,2222外の峯々に各遠見番ありて、海際なる白帆の筍の如く眼鏡に映ずるや、合圖を以て之を長崎に報知し、よりて長崎よ
  • 855,621,62,2214詞を與へ、六月より、佐嘉城下に於ける鐘・盤木の合圖は、追々之を省約せんとて、露國其他數箇國諸船の時々渡來す
  • 1203,622,64,2220り、該市民は狎れて、又白帆注進かと嗤笑するに至りたりしを以て、機敏なる公は、已に之を悟られたりしが、折恰も
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  • 1116,621,63,2218開港貿易を許す時宜となりたれば、其となく此空騷ぎを止めんと欲し、五月、諫早の領主盆千代へ、『長崎表御警備に
  • 680,619,62,2219ば、旁々自然見違もあるに至るべく、因て以來は白帆注進の合圖打方を止め、異國船の邪正を糺して、早速立の人數を
  • 1026,624,65,2215つき、從來該地への出張を迅速ならしむべく、矢上村其外へ土着仕組をなしたりしに、家來共よく粉骨勉勵して、其任
  • 1467,624,62,2220り更に諸方に知らすべく仕組みたるものにて、其注進はもと晨旦にありて、日暮佐嘉に達するを常としたりしに、蒸
  • 1816,628,62,2218立て、之を聞ける士は、盡く大組頭の宅に集まりて、命を待つを例としたるが、その一番早速立の人數の即時本莊津
  • 766,623,61,2210るあるのみならず、和蘭商船も亦〓季に拘らず數艘入津し、且つ公儀に買ひ入れられたる蒸氣船も數艘運用を爲せ
  • 1377,621,67,2221氣船の發明ありてより、啻に夜中に該注進の鐘・盤木を聞くのみならず、春秋の沢季なくなりしため、嚴冬にも亦斯報
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