『大日本維新史料 編年之部』 3編 7 安政5年5月11日~5月晦日 p.779

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にや、何につけても唯壹人孤立の事候へは、行屆くへくも候はすと力ラなげに申さる、, ひしかと、夫にて天下の御爲になるへき見詰もなく候ひし故、今日迄もかくて候なりと申, さる、さらはありかひに、今一度反覆挽回の手段あるましきかと問はせ給ふに、中〳〵六, もなき幼冲の御方を、何故に左樣に御差急き御立に相成哉と仰せらる、備中殿、されは御, ケ敷候得とも、尾張殿抔より嚴敷仰せ立られなは、夫に縋りて又周旋の致しかたも有へき, りしに、備中殿愧チたる面持チにて、最早是非もなき事にて、紀州殿と決し、來ル朔日に, て、六月末・七月始にもなるへき歟と申さる、公も御失望の極にはあれと、なさるへき樣も, 歸し、事六ケ敷なるへけれはとて、ケ樣に急速の次第となり、大變の事にこそ候へと申さ, あらせられねは、毎度申上候如く、かゝる御時節ニ當りて、御參謀にならせらるゝと申に, 張あつて議合はすんは、急流勇退の時には無之哉と詰らせらるゝに、幾度か左樣にも存候, 急きにも及はぬ事に候得と、兎も角もはやく紀州殿に御決定なくては、人望愈刑部卿殿に, る故、公仰に、足下の左程に大變とまて御心得ある事を、何とて御傍觀候哉、御持論御主, は、三家・三卿・溜詰衆へ、御内意被仰出、表向の御弘メは、朔日の御内意、京師へ御伺濟に, 五月廿九日、此夕、堀田備中守殿へ御出ありて、御相對の上、廟堂頃日の景況如何と御尋あ, 〔昨夢紀事〕, 州慶福ニ決, 軍繼嗣ハ紀, 平慶永ニ將, セシヲ告グ, 堀田正睦松, 堀田正睦ノ, 立場, 安政五年五月二十九日, 七七九

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  • 州慶福ニ決
  • 軍繼嗣ハ紀
  • 平慶永ニ將
  • セシヲ告グ
  • 堀田正睦松
  • 堀田正睦ノ
  • 立場

  • 安政五年五月二十九日

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  • 七七九

注記 (24)

  • 243,645,68,2142にや、何につけても唯壹人孤立の事候へは、行屆くへくも候はすと力ラなげに申さる、
  • 585,645,69,2204ひしかと、夫にて天下の御爲になるへき見詰もなく候ひし故、今日迄もかくて候なりと申
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