『大日本維新史料 編年之部』 3編 7 安政5年5月11日~5月晦日 p.780

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も約る處は身の上ともなるへくとは存候へと、引くにも引かたくてといへる如き優柔無, 格にて候と申さる故、其節京都ゟ御名指の御沙汰なとにはならさるやと宣ふに、さる事も, 公京都への御伺は如何なる御振合にや、御名指にも候哉と問はせ給ふに、イヤ御名指には, から違, 鴻臚・岩肥州の危ふかりしは保全を得、鈴木藤吉郎は追々鞠問にも及はるへき運ひのよ, 候はす、御養君被仰出候思召の旨、御伺になり候へは、目出度思召と計り御返答ある御先, 跡式は如何と問はせらるゝに、こは何とも申かたく候と、含糊の体にあられしとそ、永井, の有志も足下の有識に服し申へく、又建儲を遷延する計の事ニは成ぬへし、さるをおめ, の事なるへしと被存候へは、しかじ唯今十分に正論を御押張、御物別となられなは、天下, られん樣にとの御心算なりしかと、かくさまなれは仰せらるへき樣もあらせられす、紀の, 〳〵と御勤めあられなは、遂に奇〓を來たさるへくと、甚笑止千萬に存候と仰けれは、僕, 勅となり、其罪悉く足下に歸し可申候へハ、其時足下を貶黜して、申譯の料理種にせんと, 斷の有樣にて、更に奮發の氣色もなし、公も今日はおもほす儘に御激勵ありて、引退もせ, 候はんかと苦心致居候と答へらる、若しさる事になりなは、條約の事も、建儲の事も兩な, し、大和殿關係の筋もさしたる事もなくて、近き程には出仕せらるへき抔の事も御物語申, 進退, 堀田正睦ノ, 永井岩瀬鈴, 木ノ進退, 對京都善後, 策, 安政五年五月二十九日, 七八〇

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  • 進退
  • 堀田正睦ノ
  • 永井岩瀬鈴
  • 木ノ進退
  • 對京都善後

  • 安政五年五月二十九日

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  • 七八〇

注記 (23)

  • 782,636,59,2213も約る處は身の上ともなるへくとは存候へと、引くにも引かたくてといへる如き優柔無
  • 1599,643,60,2204格にて候と申さる故、其節京都ゟ御名指の御沙汰なとにはならさるやと宣ふに、さる事も
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