『大日本古文書』 浅野家文書 1 浅野家文書 p.575

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池田輝政とゝもに彼山の麓に陣す、關原の合戰に逆徒伏誅のゝち、池田, 軍南宮山に屯し、御本陣のうしあにあたれり、もし合戰乃最中襲む來る, りて岐阜城を攻むとす、幸長は池田輝政とゝもに、しはらく、軍をとゝめ, 加納川を渡り、木造左衞門某を撃てこれをはしらしめ、大に勝利を得豈, これらの軍功を御感ありて、東照宮、台徳院殿より御書を賜〓、九月十四, て城兵乃押とれる、時に敵兵にはかに襲ひ來るにより、輝政とゝもに新, 輝政、福島正則等とゝもに、おほさをうけたまはりて、京師におもむき禁, 事もある〓し、あらかしめこ〓か押しるへきのよしおほををかうぬり、, 日美濃國赤坂圓山に御著陣あり、明日御一戰あれへきのところ、敵乃大, り、このとき味方うちとあ處の首千餘級、二十三日三成か家人柏原彦右, これを破り、彦右衞門某か首を得置り、また敵兵五百餘人をうちとる、後, 衞門某か衞るところの瑞龍寺乃砦をせむ、敵兵出戰ふとい〓とも速に, ず〓xはりて上方に進發す、八月二十二日御先手の諸將、木曾川をわた, すはれ、いよ〳〵三成等を御征伐あるへきに定められ、のち御先手をう, 裡を守護す、又鈎命により、京都をよひ諸國の制札に書、三人連署乃判形, 附録, 五七六

  • 附録

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  • 五七六

注記 (17)

  • 420,724,77,2141池田輝政とゝもに彼山の麓に陣す、關原の合戰に逆徒伏誅のゝち、池田
  • 654,725,77,2145軍南宮山に屯し、御本陣のうしあにあたれり、もし合戰乃最中襲む來る
  • 1590,735,78,2140りて岐阜城を攻むとす、幸長は池田輝政とゝもに、しはらく、軍をとゝめ
  • 1353,737,79,2145加納川を渡り、木造左衞門某を撃てこれをはしらしめ、大に勝利を得豈
  • 889,735,76,2139これらの軍功を御感ありて、東照宮、台徳院殿より御書を賜〓、九月十四
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  • 539,722,75,2162事もある〓し、あらかしめこ〓か押しるへきのよしおほををかうぬり、
  • 767,733,83,2145日美濃國赤坂圓山に御著陣あり、明日御一戰あれへきのところ、敵乃大
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  • 188,727,73,2137裡を守護す、又鈎命により、京都をよひ諸國の制札に書、三人連署乃判形
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