『大日本古文書』 幕末外国関係文書 1 嘉永6年6月~同年7月 p.563

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切棒駕籠之、, 役人十人並、次はロシヤ旗、此左右に黒田家人數十人ツヽ附、次ニロシヤ樂人、, 是に九人乘組、使節船の左右ニ二艘ツヽ並續て着岸上陸す、時ニ十二挺の駕, 外青漆中黒塗にて、十挺艫之、樂人是に乘組、眞先に乘出す、次のバツテイラ外, 外とも同、副將ホスーシユツト外官人一人乘組、外四艘は、内外ともに黒なり、, 籠を以て相迎ふ、彼朱網代を見て、丁寧の至也とて、別段挨拶ニ及ひたりと云、, 是より西役所迄、黒田家の同勢を以て警固す、行列は、先ニ船番共十人、長崎町, 次ニ使節乘物、此左右ニ通詞一人ツヽ、次ニ官人駕籠十一〓、次ニロシヤ下官, 衞す、刻限案内に及ふ時、本船とりバツテイラ七艘を卸す、第一のハツテイラ, ニ〓評議すなに、奉行の駕籠を出さんは如何なれは、寺院の駕籠然ルへしと, 此左右ニ附奉行附二人ツヽ、次ニロシヤ下官數十人、左右ニ奉行附役人隨之, て、禪林寺とツえなにて、朱網代黒塗棒の乘物を借て是を遣す、其外十一挺は, 八月十九日、魯國使節上陸見屆として、掛り役人太平丸ニ乘組、彼船之往來警, は瑠璃内白小縁り滅金人、是に使節フーチヤチン乘船す、次のハツテイラ内, 多事なし、但、一挺は一廉替り候所を差出へしと對談畢〓其日は立歸り、役所, 使節上陸, 行列, ス, 嘉永六年七月, 五六三

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  • 使節上陸
  • 行列

  • 嘉永六年七月

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  • 五六三

注記 (20)

  • 1521,546,57,349切棒駕籠之、
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