『大日本古文書』 幕末外国関係文書 2 嘉永6年8月~同年9月 p.154

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簡請取之時、奉行は出迎はるゝや、又饗〓應なと有へきにや、此時は奉行も相伴, 有やなと言出たり、五郎左衞門又行て、出迎饗應共左樣の事有ニ非す、いかな, の節、船は我方の舟にて參るへし、陸は駕籠を十二挺貸給はりたし、我は駕籠, にて、凡て七艘にて、上陸の節、例の乘物色々評議有しか、奉行の駕籠を貸すと, 言はゝ、後日聞へも如何なと有て、禪林寺と言ゟ、朱網代塗棒の駕籠を取出を, は迷惑なり、布衣以上之乘物を用ひ度といへり、五郎左衞門曰、布衣以上之乘, 物と言物別には非ずと懸合て、事定り歸りしに、其日之朝になりて、別人ニ、書, とて、圖をみをたり、五郎左衞門答ふるには、松前奉行の左樣をるは、一時の計, る間違にやと言分す、若左樣の事も有んかと、問合をたる迄也とて事濟たり、, 之書五册有て、日本の事も記をり、夫を一々繰出し、其時の奉行の肖像は是也, さて其日に成て、本使フーチヤチン, らひにて、極儀にをし事ならん、長崎奉行は、位は攝政官より卑く候へとも、殊, しに、余の切棒の駕籠とは格別なる故、大に喜悦の樣子謝したりと云、長崎警, 内外白塗の舟、餘は貳人乘、外黒内青漆の舟, ニ寄ては、國王之名代をも勤る事あれは對待之、されは成かたくと定む、又陸, 内外瑠理色に、たり金のハツテー, ラに乘、副將ホスーシユルト, 歳三, 年五十, 十三, 才位、, サンコト, 駕籠ヲ貸, ヲ求ム, 上陸, 嘉永六年八月, 一五四

割注

  • 歳三
  • 年五十
  • 十三
  • 才位、

頭注

  • サンコト
  • 駕籠ヲ貸
  • ヲ求ム
  • 上陸

  • 嘉永六年八月

ノンブル

  • 一五四

注記 (27)

  • 1024,607,65,2298簡請取之時、奉行は出迎はるゝや、又饗〓應なと有へきにや、此時は奉行も相伴
  • 908,606,63,2292有やなと言出たり、五郎左衞門又行て、出迎饗應共左樣の事有ニ非す、いかな
  • 1375,616,65,2288の節、船は我方の舟にて參るへし、陸は駕籠を十二挺貸給はりたし、我は駕籠
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  • 324,607,66,2290言はゝ、後日聞へも如何なと有て、禪林寺と言ゟ、朱網代塗棒の駕籠を取出を
  • 1257,619,66,2286は迷惑なり、布衣以上之乘物を用ひ度といへり、五郎左衞門曰、布衣以上之乘
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  • 549,1480,41,110十三
  • 663,1698,42,124才位、
  • 1393,336,30,159サンコト
  • 1430,335,41,169駕籠ヲ貸
  • 1344,340,38,108ヲ求ム
  • 459,333,44,83上陸
  • 1962,766,46,332嘉永六年八月
  • 1957,2517,43,110一五四

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