『大日本古文書』 幕末外国関係文書 2 嘉永6年8月~同年9月 p.201

Loading…

要素

頭注ノンブル

OCR テキスト

作き指圖する者も船工も、素人同樣の不案内にて、飜譯書と畫圖を當てニは, り帆綱ニ移す檣上又は帆柱の中段にて帆を疊み、帆綱を引揚げ取るを輙く, 六百石を積船ニて、水主十八九人計り乘り居船ニても、檣の上に登り、纔に帆, 用ひられす、御船屋風損、御修復の節は、銅板にて間切甲良を包みしかど、不丈, する事なれは、出來せし後、慥に實用ニ立つとも思はれす、〓に晨風丸御船新, 綱を引上る車に油を點ずるものさへ、船一艘に二人とはなし、況して帆綱よ, 習覺ゆる者有へからす、皇國の船の帆の取方さへ、浦賀御水主百人程の内, 思量するに、是は決〓急の間ニはあはす、其譯は西洋人さへ、一ト通り帆をか, ニ、廿人とはなく、拾人とも覺束なし、況や此度の軍船をや、其上船材は惡く、製, 造に被仰付出來せしかと、船材惡しき故、一年を不歴して、間切甲良虫喰て, 三等を讓る〓し、是き製造の不巧者に因る〓、七月中、本多越州侯御覽之節の, け覺、帆綱をあやとり覺て、一人前の水主となる迄ニは、十二三歳の頃ゟ習ひ, 夫之、又上古ニは至て此船迅速の積りなれ共、實き押送り船の迅速なるにき, 始て、中年に至らねハ、一人前ニはならぬと之、大坂ニは、西國筋より來る千五, て、長十間の軍艦、大凡積り金四千三百兩ニて出來すへき目論見ありと、得, 艦ヲ製造, 造ノ例, 晨風丸製, ス, 嘉水六年八月, 二〇一

頭注

  • 艦ヲ製造
  • 造ノ例
  • 晨風丸製

  • 嘉水六年八月

ノンブル

  • 二〇一

注記 (21)

  • 835,611,63,2284作き指圖する者も船工も、素人同樣の不案内にて、飜譯書と畫圖を當てニは
  • 1185,611,65,2289り帆綱ニ移す檣上又は帆柱の中段にて帆を疊み、帆綱を引揚げ取るを輙く
  • 1417,608,70,2294六百石を積船ニて、水主十八九人計り乘り居船ニても、檣の上に登り、纔に帆
  • 481,612,67,2295用ひられす、御船屋風損、御修復の節は、銅板にて間切甲良を包みしかど、不丈
  • 717,613,66,2292する事なれは、出來せし後、慥に實用ニ立つとも思はれす、〓に晨風丸御船新
  • 1302,606,67,2289綱を引上る車に油を點ずるものさへ、船一艘に二人とはなし、況して帆綱よ
  • 1067,607,64,2298習覺ゆる者有へからす、皇國の船の帆の取方さへ、浦賀御水主百人程の内
  • 1769,607,68,2281思量するに、是は決〓急の間ニはあはす、其譯は西洋人さへ、一ト通り帆をか
  • 952,621,64,2280ニ、廿人とはなく、拾人とも覺束なし、況や此度の軍船をや、其上船材は惡く、製
  • 597,612,69,2290造に被仰付出來せしかと、船材惡しき故、一年を不歴して、間切甲良虫喰て
  • 248,610,66,2285三等を讓る〓し、是き製造の不巧者に因る〓、七月中、本多越州侯御覽之節の
  • 1652,609,68,2282け覺、帆綱をあやとり覺て、一人前の水主となる迄ニは、十二三歳の頃ゟ習ひ
  • 364,611,67,2291夫之、又上古ニは至て此船迅速の積りなれ共、實き押送り船の迅速なるにき
  • 1537,606,66,2288始て、中年に至らねハ、一人前ニはならぬと之、大坂ニは、西國筋より來る千五
  • 1884,607,68,2281て、長十間の軍艦、大凡積り金四千三百兩ニて出來すへき目論見ありと、得
  • 1925,321,42,171艦ヲ製造
  • 698,330,42,128造ノ例
  • 743,331,41,169晨風丸製
  • 1888,327,30,31
  • 143,765,47,331嘉水六年八月
  • 155,2508,44,111二〇一

類似アイテム