『大日本古文書』 幕末外国関係文書 2 嘉永6年8月~同年9月 p.326

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砲を放ちて、陸梁の状を示す、是〓心を包藏し、皇國を仕睨するの情、掌を指し, す、曩に浦賀栗濱にそ書翰を奉りし日、即時歸帆の命を受、四艘鎭臺の下に並, 夏に至り、軍艦火輪と四艘を以て、贈る處の文意、威を以諸蕃を制劫するは、渠, 渠必地を借らん、地を借さは、城を築ん、其後是に據は、其〓踵を旋らすへから, 新ニ南海の港口を開んと、願書驕恣跋扈甚しと云つへし、今若交易を許さは、, 陽には薪水を求め、陰には山川を測量したる事、茲ニ三十年、近年ニ至り、浦賀, か平素慣用るの術なり、故に〓〓に迫り、書を捧け、琉球に適て、地を測り、朝鮮, に至らさるも、遠洋に出沒し、其勢邊海の釁に乘し、我國を奪んとする如し、今, し、守備の嚴ならさるを聞、始そ輕〓の心を生し、連年遊船を以そ、邊海を窺ひ、, を〓し、浦賀に入、崎港に臨む、且や今夏其國之例と稱し、鎭臺直下におゐて、大, 連して後、遂に是を取らんとす、蓋し渠往年胡〓東〓を掠め、西邊を擾さんと, 見るか如し、且其書ニ曰、中國往來之途中、石炭食料を買求ん爲、崎港に至らす、, すんは、悚すに數號大師船を率ひ來らんとて、辭不遜也、詭譎にして、其志は牽, へ、大砲七八發して、一船は竹か岡砲臺を指、一船は佐貫大坪山砲臺の瀕り近, く崎より公然として内海へ乘入、一食時計の間にして、〓〓近き本牧に至り, 嘉永六年八月, 三二六

  • 嘉永六年八月

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  • 三二六

注記 (17)

  • 913,606,77,2288砲を放ちて、陸梁の状を示す、是〓心を包藏し、皇國を仕睨するの情、掌を指し
  • 448,609,76,2280す、曩に浦賀栗濱にそ書翰を奉りし日、即時歸帆の命を受、四艘鎭臺の下に並
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  • 570,600,74,2293渠必地を借らん、地を借さは、城を築ん、其後是に據は、其〓踵を旋らすへから
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  • 1497,605,77,2288陽には薪水を求め、陰には山川を測量したる事、茲ニ三十年、近年ニ至り、浦賀
  • 1145,611,76,2283か平素慣用るの術なり、故に〓〓に迫り、書を捧け、琉球に適て、地を測り、朝鮮
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