『大日本古文書』 幕末外国関係文書 5 安政元年2月~同年3月. p.124

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およそ三百萬人餘なり、我國にてそれらの人々をは迎入れて、ありくこれか, 心外に思へり、此人情の常といふへし、中國に於ては、我國と和親の約を結ひ, せり、又その會集の家を築き、便宜によりて神を拜す事なとをも、誰ありてこ, 國吾國必其仕方を學ふへき事なり、今差出す所の案書を熟覽あらは、再三に, 貴國邊海に乘來る者もあり、此船とも折にぬれてき、飮水食料不足に及ふ事, あり、それらの船ともの日本處々の港に着て、入用の品を調へさる事を、人皆, の此大海を往來する事、およそ年々五百艘はかりなるへし、又鯨獵をなして, 數年の内共に大盆あり、當年我國の商人とも茶を買ひて積出せしか、其價お, れをはゝむ者なし、十分に利を得たる後、中國に返り去るに、一人にて三百兩, 手當をなし、其上に其人々の己か勝手の儘に工商等の仕業をなす事を許容, を定るの盆をけし示すに、中國の人の斯の如く利を得る事多よを見ても、貴, より上數千兩を得て、故郷に歸る者も少からす、某き、ひたすら前數ケ條和約, 詞盡すにも及はす、今兩國にて交り會し、互に心中を相知り、和親の箇條をも, よそ三百六十萬兩程なるへし、湖絲綢緞等織物の口々も、およそ價三百萬兩, はかりなるへし、近こあ數年の中に、中國より我國に來りて、持をなす者共き、, 盛況, 國出稼ノ, 米清通商, 支那人米, ノ大盆, 條約草案, 求ム, 安政元年二月, 一二四

頭注

  • 盛況
  • 國出稼ノ
  • 米清通商
  • 支那人米
  • ノ大盆
  • 條約草案
  • 求ム

  • 安政元年二月

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  • 一二四

注記 (24)

  • 1012,573,63,2276およそ三百萬人餘なり、我國にてそれらの人々をは迎入れて、ありくこれか
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