『大日本近世史料』 細川家史料 4 細川忠興文書四 p.271

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今朝之書状披見候、, 又蓬庵宿札御入候二付、六ケ敷候て三枚橋へ通り候事、, 一、先度江戸にて京へ被寄候由被申二付、逗留かと存候つる、其まゝ下向之由、尤候、左候よ、, 一、其方日數十二日め之京著之由、得其意候事、, 一、我々は、其方泊々n一日違二留り可申候、左候へは、一日跡之京へ著筈にて候事、, 一、御代官衆・御鷹師衆案内者にて、今日とらせられ候鴨三ツ給候、滿足則只今料理申付事、, 一、下血于今下候由、下血は久敷とまらぬ物にて候へ共、畢竟不苦物二候へ共、今度被下たこ, 用所は中津にて可申候へ共、先大かとの分書付進之候、此返事万所而被殘置事、, 一、明日廿日は、天氣之ゟ金屋迄參、川を越〓居可申かとも存候事、, 道を被急、○此中之氣盡之わけにて候はんかと、此所氣遣之候事、, 一、ゑさし一人被殘候、○滿足此事候事、, 一、とかく我々を不被待、一時もはやく小倉へ可被下儀肝要二存候、恐々謹言, 一、昨日三枚橋迄參候は、蓬庵煢說源にて我々と一所二被留候、三嶋二留り可申と存候へは、, 巳上, 氣遣フ, ノ獲物ヲ贈ル, 忠利ノ下血ヲ, 蜂須賀蓬庵ト, セズ下國ス, 忠利路次放鷹, 忠利京ニ逗留, ノ同宿ヲ避ク, 寛永九年十月(一〇〇八), 二七一

頭注

  • 氣遣フ
  • ノ獲物ヲ贈ル
  • 忠利ノ下血ヲ
  • 蜂須賀蓬庵ト
  • セズ下國ス
  • 忠利路次放鷹
  • 忠利京ニ逗留
  • ノ同宿ヲ避ク

  • 寛永九年十月(一〇〇八)

ノンブル

  • 二七一

注記 (24)

  • 2435,871,83,687今朝之書状披見候、
  • 787,863,105,2011又蓬庵宿札御入候二付、六ケ敷候て三枚橋へ通り候事、
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