『大日本近世史料』 細川家史料 7 細川忠興文書七 p.71

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うn、塀をくつし候て置申度候へとも、石垣ひきくのゑ二御入候二付、塀之かたゟ上り、, のやねは其まゝ置、下をよしかきにてかこい候て置候つる、今度之留守之間こ、上之かは, て、下の塀くつれ、上は其まゝつゝきて御入候つるを、我々當地上りさまフ、上之かはら, 大天主之かたの塀を切やふり候へさ、道具置候所へ其まゝ上り候を、二ツの天主之間にて, ら、かはらおほひも其まゝ御入候、是にてむかしの塀之高サはかくれもなく候、是を一さ, らふきのやねもくつれ候二付、下のよしかきもくつれ候、今二三間ほところひかゝりなか, 當地大天主と小天主との間こ、かはらふきの塀七八間程前御入候つる、其塀根くさり候, 以上, 一六三四七月廿八日書状(卷紙), ○播磨山崎領主池田輝澄、家中ニ爭論アリテソノ家士幕府ニ出訴ス、七月七日、幕府、族池田光政等ニ奉, 書ヲ下ス、, 寛永十七〓, (端裏貼紙、異筆), 寛永十七, 出府前ノ應急, ト小天守ノ間, 留守中ニ再ビ, 八代城大天守, ノ塀崩ル, 損壞ス, 修理, 寛永十七年七月(一六三四), 七一

割注

  • (端裏貼紙、異筆)
  • 寛永十七

頭注

  • 出府前ノ應急
  • ト小天守ノ間
  • 留守中ニ再ビ
  • 八代城大天守
  • ノ塀崩ル
  • 損壞ス
  • 修理

  • 寛永十七年七月(一六三四)

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  • 七一

注記 (23)

  • 445,747,56,2132うn、塀をくつし候て置申度候へとも、石垣ひきくのゑ二御入候二付、塀之かたゟ上り、
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