『大日本近世史料』 細川家史料 14 細川忠利文書七 p.21

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又、證據人も右三人にて候、, 據人之多キものにて候、彌一右衞門之つゝき、にたるほと之右歩小性三人はいり候事、, 傳十郎つゝきはいり、火をつけ候、又、鐵炮之者山内五兵衞・平井十兵衞・岩尾牧右衞, 之外すくなく見え申候、我等なと通候跡にても、二三人きり候由ニ候間、丸之明候とは見, え不申候、其上、はまへ事之外出候故、右之通と見え申候、はまゟ三之丸之ひくミへ入、, 門・齊藤正藏はいり候て、是も火を付候由申候、さて彌一右衞門と一度こ、かち小性都甲, 候、きりすて候ものも少御入候、塀きわをつき、二之丸へにげこミ申候、され共、人は事, 一、一番乘之事、我等手にては、海手之角からは盆田彌一右衞門nめ候、彌一右衞門おい岡本, 衞門うしろニ五人居候て見申候、證據人多ク候間、彌一右衞門海手之はやきのりこミ之證, 太兵衞・後藤權右衞門・池永源大夫のりこミ候由申候、是は三人一度之はいり候由申候、, 一、此外は、能被存たる事にて候事、, かのづきん仕候もの、一所ニ居申候、又、寺尾左介鐵炮之もの、上矢をうち候て、彌一右, それゟ二之丸へはいり候時も、ころし申候事、, 一、盆田彌一右衞門事は、塀きわ之つきて居候時、石谷十藏手之居候牢人、にしきかきんらん, 忠利手ノ一番, 乘ト續キシ者, 盆田正景ノ一, 見ヘズ, 番乘ニハ證據, 人多シ, 全ク空クトハ, 寛永十五年四月(一二四〇), 二一

頭注

  • 忠利手ノ一番
  • 乘ト續キシ者
  • 盆田正景ノ一
  • 見ヘズ
  • 番乘ニハ證據
  • 人多シ
  • 全ク空クトハ

  • 寛永十五年四月(一二四〇)

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  • 二一

注記 (23)

  • 674,664,54,672又、證據人も右三人にて候、
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