『大日本近世史料』 細川家史料 14 細川忠利文書七 p.130

Loading…

要素

頭注ノンブル

OCR テキスト

廿四五日之くま本をたち可申候、とかく三月廿八九日之可參候、恐々謹言, 間、其心へあるへく候、右ゟ如申、きやうふ所へ金銀なとかし候事、彌々あしキ仕かたと, つる、御老中御さしつ之上は、有無之事可被申わけ無之候間、謹めい申候つる、此分之候, て哉と、又左へ可被申候、傳蔵殿は、我々としゟ衆へやくこたゝぬ人を被遣候よし申, すきやにて之御念比之事とも御物語にて、其元之先ゆる〳〵と御つめ候はんよし、御申候, 存候、きやうぶためにて候之無之物候、二月廿日ころ、何も九州衆被上「候はゝ、我々は, 牧傳蔵殿・丹波殿其方へ不被參候哉、すいふん陣中其方心をつけ申候之、何たる事に, 候ときかれ、ありまにてもはらたてにて候よしこゟ、一切さやうにて無之段、平馬を, 進之候, 以申候つる、今度天草へ之事、兩人被申樣、ありやう之よキと承候つる、其段さぬき, ゟ衆へ御申候へは、尤之よし御申候、上樣へ不被仰上候段、御物語にて候つる、其上御, 正月七日, 肥後殿, 正月七日越, 立ノ後熊本ヲ, ハ意見成リ難, 老中指圖ノ上, 九州諸大名出, 正光尚ヲ訪問, 牧野成純林勝, 立タム, セズ, 寛永十六年正月(一二九五), 一三〇

頭注

  • 立ノ後熊本ヲ
  • ハ意見成リ難
  • 老中指圖ノ上
  • 九州諸大名出
  • 正光尚ヲ訪問
  • 牧野成純林勝
  • 立タム
  • セズ

  • 寛永十六年正月(一二九五)

ノンブル

  • 一三〇

注記 (24)

  • 1312,669,53,1816廿四五日之くま本をたち可申候、とかく三月廿八九日之可參候、恐々謹言
  • 1532,670,55,2217間、其心へあるへく候、右ゟ如申、きやうふ所へ金銀なとかし候事、彌々あしキ仕かたと
  • 1641,677,57,2209つる、御老中御さしつ之上は、有無之事可被申わけ無之候間、謹めい申候つる、此分之候
  • 633,789,57,2100て哉と、又左へ可被申候、傳蔵殿は、我々としゟ衆へやくこたゝぬ人を被遣候よし申
  • 1751,672,58,2215すきやにて之御念比之事とも御物語にて、其元之先ゆる〳〵と御つめ候はんよし、御申候
  • 1422,667,56,2211存候、きやうぶためにて候之無之物候、二月廿日ころ、何も九州衆被上「候はゝ、我々は
  • 741,783,60,2099牧傳蔵殿・丹波殿其方へ不被參候哉、すいふん陣中其方心をつけ申候之、何たる事に
  • 522,778,57,2098候ときかれ、ありまにてもはらたてにて候よしこゟ、一切さやうにて無之段、平馬を
  • 936,1222,41,131進之候
  • 412,783,58,2096以申候つる、今度天草へ之事、兩人被申樣、ありやう之よキと承候つる、其段さぬき
  • 1859,673,61,2212ゟ衆へ御申候へは、尤之よし御申候、上樣へ不被仰上候段、御物語にて候つる、其上御
  • 1147,947,47,210正月七日
  • 981,1057,52,159肥後殿
  • 1145,947,49,1375正月七日越
  • 1390,254,42,258立ノ後熊本ヲ
  • 1613,267,41,251ハ意見成リ難
  • 1658,252,42,263老中指圖ノ上
  • 1434,252,43,264九州諸大名出
  • 721,246,41,268正光尚ヲ訪問
  • 765,245,44,270牧野成純林勝
  • 1345,253,44,120立タム
  • 680,255,38,78セズ
  • 1978,746,45,680寛永十六年正月(一二九五)
  • 1975,2491,44,116一三〇

類似アイテム