『大日本近世史料』 編脩地誌備用典籍解題 2 p.116

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黄檗開山國師傳二卷, 申侍るとそいひし、家集にも武藏國金澤といふ處にむかしすみし家のいとうあれたるに, て出たる貝のふたなり、武藏の國金澤といふ浦にありしを、ところのものはへなたりと, いふ、後宇多院御即位より觀應元年迄は七十四年なり、しかれは兼好は後宇多即位より, にありしと見えたり、又増補鐵槌抄を引、吉田に兼好か舊跡有といふ、また武藏國金澤, 野山金剛三味院に兼好自筆の短册五枚あるよしを載、又正徹物語を引、出家の後も吉田, 東えまかり侍しに、清閑寺に立寄て、道我僧都にあひて、秋はかへりまうてかくへき中, 申侍りしかは、僧都歌をよむそのかへしうたあり、其備用にあつかるもの是のみ、又高, の六代治世五十六年也、或説に、兼好は觀應元年四月八曰に六十八歳にしてうせたりと, 六年以後に生たるにや、不審といふ、今備用に收入せるものそのゆゑなきにしもあらす、, 醍醐天皇の時の人也といへるにより、後宇多・伏見・後伏見・後二條・花園・後醍醐こ, とゝまりて、月あかき夜よめる歌を載す、又野槌に、兼好は後宇多院北面の侍なり、後, にも住けるにや、徒然に甲香はほらかひのやうなるかちいさくて、口のほとの細なかに, 釋道温撰、道温字懷玉、國師名隆〓、字隱元、明福州人、承應四年投化、道温か自序を, 刻本, 二册, 釋道温撰, 兼好自筆短册, 自序, 編脩地誌備用典籍解題卷之五, 一一六

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  • 自序

  • 編脩地誌備用典籍解題卷之五

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  • 一一六

注記 (21)

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