『大日本近世史料』 編脩地誌備用典籍解題 2 p.210

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島下郡・島上郡をしるす、島上郡關戸院の下に、山崎の驛路は關西三十三州の官道にし, て、文禄年中豐臣秀吉朝鮮征伐のとき關所なり、故に唐海道といふ、古は羅城門より南, にかく文祿已後といへるは信しかたし、, なかころ廢せるに、文祿に又ひらかれたるよりいにしへの名を取出し稱けるにや、いに, へ官道ありて、久我繩手・淀の大渡りを越て山崎橋を渡り關戸院にいたるといふ、按る, に、唐海道とはいにしへ唐土へ往來のありしとき筑紫へ此街道を通せしゆゑなるへし、, しへは三韓をからと稱せし事もあれは、韓使の往來によりてかくいひけるもしらす、と, 第八卷, 第七卷, 第六卷, 第五卷, 八部郡, 河邊郡, 武庫郡, 島上郡關戸院, 編脩地誌備用典籍解題卷之六, 二一〇

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  • 島上郡關戸院

  • 編脩地誌備用典籍解題卷之六

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  • 二一〇

注記 (17)

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