『大日本近世史料』 編脩地誌備用典籍解題 2 p.401

Loading…

要素

割注頭注ノンブル

OCR テキスト

駿河志一卷, の本その末册をのみ抄したるなり、本册和哥をのするもの多しとす、また寛延二年己曰, 駿河草末七卷, 夕越くれは庵崎のといふ哥を下總とす、案るに、夕越の哥歌學者流當國とするものおほ, 海道の府中入口の狐崎といふ所は後の名也といへり、是書地名をしるさす、その誤や否, し、この書下總となす、その據をしらす、しかれとも地理の書を編するもの往々その國, なりと云、案るに、榊原長俊か駿河國志に狐崎の砦今の大内村梶原山の邊を云、當時の, をしらす、庵崎の下、都鳥こゝにもありや庵崎のといふ哥を以て當國となし、まつち山, にあらさる和哥をも附會する事ありぬるに比すれは、その私なきの意見るへし、, を書せり、駿府よりはしまり大堰川附嶋田におはる、狐崎の下、梶原景時一族滅亡の地, 撰人をあらはさす、また序跋なし、世に駿河草といふものあり、分つて本末となす、こ, 撰人をあらはさす、序に、略駿河の時候・形勝を記す、卷末、享保十八年癸丑寫のよし, 是亦前の風土記におなし、但し全編錯簡〓誤等甚多し、, 三册, 寫本, 寫本, 一册, 享保十八年寫, 撰人ヲアラハ, ニイタル間ノ, 撰人ヲアラハ, 駿府ヨリ嶋田, 駿河草ノ末册, 形勝舊蹟ヲ記, ヲ抄シタルモ, サズ, サズ, 同前, ス, 別紀第六(駿河), 四〇一

割注

  • 三册
  • 寫本
  • 一册

頭注

  • 享保十八年寫
  • 撰人ヲアラハ
  • ニイタル間ノ
  • 駿府ヨリ嶋田
  • 駿河草ノ末册
  • 形勝舊蹟ヲ記
  • ヲ抄シタルモ
  • サズ
  • 同前

  • 別紀第六(駿河)

ノンブル

  • 四〇一

注記 (31)

  • 1721,645,72,397駿河志一卷
  • 305,724,75,2234の本その末册をのみ抄したるなり、本册和哥をのするもの多しとす、また寛延二年己曰
  • 573,658,76,473駿河草末七卷
  • 987,712,72,2241夕越くれは庵崎のといふ哥を下總とす、案るに、夕越の哥歌學者流當國とするものおほ
  • 1214,705,74,2253海道の府中入口の狐崎といふ所は後の名也といへり、是書地名をしるさす、その誤や否
  • 874,716,73,2242し、この書下總となす、その據をしらす、しかれとも地理の書を編するもの往々その國
  • 1330,716,72,2235なりと云、案るに、榊原長俊か駿河國志に狐崎の砦今の大内村梶原山の邊を云、當時の
  • 1101,714,71,2238をしらす、庵崎の下、都鳥こゝにもありや庵崎のといふ哥を以て當國となし、まつち山
  • 758,720,74,2037にあらさる和哥をも附會する事ありぬるに比すれは、その私なきの意見るへし、
  • 1442,711,74,2244を書せり、駿府よりはしまり大堰川附嶋田におはる、狐崎の下、梶原景時一族滅亡の地
  • 418,714,76,2245撰人をあらはさす、また序跋なし、世に駿河草といふものあり、分つて本末となす、こ
  • 1556,703,74,2248撰人をあらはさす、序に、略駿河の時候・形勝を記す、卷末、享保十八年癸丑寫のよし
  • 1901,700,66,1407是亦前の風土記におなし、但し全編錯簡〓誤等甚多し、
  • 615,1180,43,81三册
  • 571,1175,42,84寫本
  • 1716,1085,43,85寫本
  • 1760,1097,43,74一册
  • 1515,315,41,261享保十八年寫
  • 1604,311,38,254撰人ヲアラハ
  • 1417,322,38,248ニイタル間ノ
  • 456,325,37,250撰人ヲアラハ
  • 1461,315,40,258駿府ヨリ嶋田
  • 366,328,42,259駿河草ノ末册
  • 1370,315,42,263形勝舊蹟ヲ記
  • 323,333,39,252ヲ抄シタルモ
  • 1562,318,35,72サズ
  • 414,332,33,72サズ
  • 1912,312,39,81同前
  • 1328,316,38,36
  • 180,851,49,368別紀第六(駿河)
  • 199,2440,43,109四〇一

類似アイテム