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卯五月十一日朝倉藤吉代海野彌兵衞より宗圓えあたふるもの六通、第四十文祿三年三, 第三十七慶長十七子御茶詰之御壺之覺と題するもの一通、文末を佚す、第三十八辰八, 泰寺へ給はりし御朱印一通、第四十九元和二年卯月十一日海野彌兵衞・朝倉藤吉より, 際寺へあたふる勝頼の文書一通、第四十六年號月曰姓名なきもの一通、第四十七天, 宗圓老へあたふるもの七通、第五十駿州城府大龍山臨濟寺領之事と題するもの一通、, 目と題する信玄の朱印一通、文末を佚す、第四十三文末を佚するもの一通、第四十, 名なきもの一通、第五十三八月三日四辻大納言より, 正五年九月十九日臨濟寺へあたふる勝頼の文書一通、第四十八慶長七年十二月十日寶, 和三年二月二日同斷御朱印一通、第三十六寛永十三年十一月九日同斷御朱印一通、, 第五十一永祿十二年己巳四月十五日林際寺へあたふる信玄の文書一通、第五十二年月姓, 月二日横田内膳正村詮より海野彌八郎へあたふるもの一通、第四十一天正七年己卯十, 月廿五曰土屋右衞門尉より海野彌兵衞へあたふるもの一通、文首を佚す、第四十二條, 月廿八日井出志摩・島田治兵より瑞龍寺梵舜へあたふるもの一通、第三十九慶長廿年, 四壬七月五日三浦右馬助殿としるせるもの一通、第四十五元龜三壬申十一月廿四日林, 朱印一通、第三十四慶長七年十二月九日瑞龍寺え賜はりし御朱印一通、第三十五示, 別紀第六(駿河), 四一三
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- 別紀第六(駿河)
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- 四一三
注記 (17)
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