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この數ありとするにあらす、餘みな是に準すといへり、, かうやうの事多く、疆界大に錯亂する也といふ、又北條五代記に、駿州の内、高國寺, 釆録すへきなしと、また世に行はるゝ書の中、大成經・廣元記・藤九郎盛長私記・三河, 後風土記の類、みな近世の假托に出つるゆゑ取らす、又假托ならされとも、後世編集〓, る軍書なと、全くは信用しかたし、後世著述といへとも、考據精覈なるは此例にあらす, 伊豆といふ、この書には是を山北・山南といふ、嶺を界として風氣習俗も少しく異なり, とも、今川義元時代、北條氏綱切取りしより以來氏直の領國となる、義元、信玄時代世, 三枚橋は勝頼の城なり、泉頭・長久保・戸倉・志師濱、此四ケ所は駿河國中たりといへ, 伊豆守より武田信光まてをしるす、祥異、白鳳にはしまり應永におはる、租調、延喜式, は、小田原北條氏切取たる駿河の地みな伊豆と稱したり、總して戰爭の時は諸州ともに, 倭名類聚鈔等を鈔出す、疆域の下、甲陽軍鑑等に、伊豆の境、深澤城・新庄城なとある, 第一卷, 建置沿革・國司・祥異・租調庸・形勝・疆域・路程・郡郷、國司の下、大伴宿〓麻呂爲, と、又天城山の南より北方を稱して口伊豆、又田方とも、又田方の人、山南をさして奥, と、また村數はみな見在の數をあく、如那賀郡十七村、井田郡九村、昔郡郷をわかつ時, 山北ト山南ト, ハ風氣習俗異, 疆域, 編脩地誌備用典籍解題卷之十, 八
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- 山北ト山南ト
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- 編脩地誌備用典籍解題卷之十
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