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流人御赦免并死亡覺帳一卷, 餘の書にも未見の事とも書載たり、, るよし、ある年島え蠻船流れ寄り蝋石にてきざめる人形をくれし事なと、彼二書等その, ありしかは、つれノ〳〵の折を得、八丈諸島の風俗事跡を尋まいらせて記し置ものなりシ, いへり、卷首諸島の圖あり、八丈の事を記せる事、伊豆海島風土記・南方海島志等にの, また八丈ひつつうかゝみといふ歌をのす、宗福寺・長樂寺といふ二寺淨土宗にて妻帶な, せたるものと大に異同なしといへとも、黒潮の圖説頗委し、また三本竹の所在他書には, 慶長十一丙午歳到明和四丁亥歳凡一百六拾四年といひ、卷尾、慶長十一午年宇喜多一類流, らさるよしを記し、また島にては、陰門をシリといふ故に常に尻といふ言を諱むよし、, 罪の後寛永十一甲戊年迄十八年之間流罪之人不相見、同年四人、其後寛文三卯年迄二拾ケ, 見さるところなり、又島にて豆腐を作る事、近年江戸の流人はしめてなしたる事、中納, の印とし、黒點をもて病死の印とす、浮田中納言にはしまり權田熊五郎におはる、卷首、, 八丈島の記録にして、流人の到著およひ御赦免、死亡の年月曰を記し、鱗をもつて御赦〓, 言秀家の子孫三家あり、本家を宇喜多孫九郎といひ、前田氏, よりの送り物昔にかは, 國主, 川〓, 寫本, 二ト〓, 册, 慶長十一年ヨ, 黒潮ノ圖説頗, 等ト異同少シ, 赦免死亡ノ記, 記南方海島志, 流人ノ到著及, 伊豆海島風土, リ明和四年ニ, ル委シ, 至ル, 録, 編脩地誌備用典籍解題卷之十, 二八
割注
- 國主
- 川〓
- 寫本
- 二ト〓
- 册
頭注
- 慶長十一年ヨ
- 黒潮ノ圖説頗
- 等ト異同少シ
- 赦免死亡ノ記
- 記南方海島志
- 流人ノ到著及
- 伊豆海島風土
- リ明和四年ニ
- ル委シ
- 至ル
- 録
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- 編脩地誌備用典籍解題卷之十
ノンブル
- 二八
注記 (33)
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