『大日本近世史料』 編脩地誌備用典籍解題 3 p.359

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寢覺浦島太郎略縁起一卷, 信州木曾山義仲院濫觴一卷, 由をしるせり、, 恩徳を荷擔す、もし宿福の感する所にあらすんは何そこの大幸あらんや、是によりて、, の事を記し、末に境内の圖をあらはす、それより御堂・厨裏・大門・洪鐘・寺中本堂五, 師草創より五百餘年の舊跡なり、一書の大略、はしめに寺地と題し、當寺草創以來歴代, いふ、住僧の作る事しるへし、抑義仲院長稱寺は筑摩郡松本城東の勝地にして、殊に鸞, 曾路記に、浦島か事日本紀雄略帝紀并扶桑略記に見へたれと、此地にいたりし事は見, 勤修の暇、佛具什物、諸有當寺産、筆記してもつて什寶記と號し、是を後代に傳ると, 尊・佛具等、各題をあらはして是をしるし、次に靈寶と題し十三種を載、各その縁起來, 撰人の姓名及ひ年歴をあらはさす、自序に、予〓歳寺務となり、朝暮佛祖に仕事の晝夜, 華定院日牌過去帳の寫を載たり、, 信濃國筑摩郡上ケ松寢覺山臨門寺の後、浦島子釣せし寢覺の床といふあり、貝原篤信木, 寫本, 刻本, 册, 一册, 一册, 自序ニヨリ長, 年歴ヲアラハ, 稱寺住僧ノ作, 撰人ノ姓名及, 貝原篤信木曾, 路記ノ説, ノ縁起, タルコトヲ知, 寢覺山臨川寺, サズ, 別紀第十二(信濃), 三五九

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  • 寫本
  • 刻本
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  • 自序ニヨリ長
  • 年歴ヲアラハ
  • 稱寺住僧ノ作
  • 撰人ノ姓名及
  • 貝原篤信木曾
  • 路記ノ説
  • ノ縁起
  • タルコトヲ知
  • 寢覺山臨川寺
  • サズ

  • 別紀第十二(信濃)

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  • 三五九

注記 (30)

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