『大日本近世史料』 編脩地誌備用典籍解題 3 p.373

Loading…

要素

頭注ノンブル

OCR テキスト

あたはす、, 關一所、橋梁四十二所、市肆八所、次に土産、始に延喜式に載る貢物をしるし、今ある, の下、寛永十二年酒井忠清羅山林子に請て書せしむる鐘の銘をのす、次に墳墓、茂木陵, の士戰死せる屍を埋しにより號する事據あるに似たり、次に古蹟、女溝より峰壘に至、, より新田塚に至る、五所、茂木陵は那波郡茂木村にあり、相傳清和天皇の陵といふと、, す、次に坊街、本町より笛木町に至る、廿七所、次に山川、赤城山より小神明堡にいた, 廿九所、其内古城一所古壘十七、次に人物、伊勢三郎義盛より釋行仙に至る、四人、佐, る、七十七、次に驛路、板鼻町・玉村・五料・駒形・小川田、次に渡港四所、坂七所、, の下、貞享三年丙寅酒井忠擧寄附鐘銘をのす、橋林寺の下、所藏の寶器をのす、正幸〓, 社の下、所藏神寶を載、次に佛寺、龍海院より宮田村不動堂にいたる、廿八所、龍海院, 所をも載、次に神社、赤城神祠より近戸神社にいたる九所、前橋八幡神社・玉村八幡神, 俗、次に府城封侯、延徳中長野氏に起り慶長六年酒井重忠此城を賜ふに終る、次に府, 其四は頼朝の墓・景時の墓・靜墓・新田塚、皆その來由を詳にせす、只新田塚は新田家, 城、府城の下、臺樹・城内・〓樓・凉樓・國學寅賓館、〓囿、園囿の下、觀民園等をの, 野源左衞門尉常世の事實全く謠曲に出つ、文漢字を以て潤色すといへとも其陋を蔽ふ事, 府城封侯, 佛寺, 神社, 墳幕, 別紀第十二(上野), 二七三

頭注

  • 府城封侯
  • 佛寺
  • 神社
  • 墳幕

  • 別紀第十二(上野)

ノンブル

  • 二七三

注記 (21)

  • 297,758,53,246あたはす、
  • 1449,746,58,2241關一所、橋梁四十二所、市肆八所、次に土産、始に延喜式に載る貢物をしるし、今ある
  • 984,758,58,2236の下、寛永十二年酒井忠清羅山林子に請て書せしむる鐘の銘をのす、次に墳墓、茂木陵
  • 640,760,57,2205の士戰死せる屍を埋しにより號する事據あるに似たり、次に古蹟、女溝より峰壘に至、
  • 868,758,59,2209より新田塚に至る、五所、茂木陵は那波郡茂木村にあり、相傳清和天皇の陵といふと、
  • 1679,749,59,2236す、次に坊街、本町より笛木町に至る、廿七所、次に山川、赤城山より小神明堡にいた
  • 524,755,59,2238廿九所、其内古城一所古壘十七、次に人物、伊勢三郎義盛より釋行仙に至る、四人、佐
  • 1564,750,57,2212る、七十七、次に驛路、板鼻町・玉村・五料・駒形・小川田、次に渡港四所、坂七所、
  • 1105,757,58,2235の下、貞享三年丙寅酒井忠擧寄附鐘銘をのす、橋林寺の下、所藏の寶器をのす、正幸〓
  • 1220,751,59,2241社の下、所藏神寶を載、次に佛寺、龍海院より宮田村不動堂にいたる、廿八所、龍海院
  • 1335,750,58,2242所をも載、次に神社、赤城神祠より近戸神社にいたる九所、前橋八幡神社・玉村八幡神
  • 1911,748,58,2240俗、次に府城封侯、延徳中長野氏に起り慶長六年酒井重忠此城を賜ふに終る、次に府
  • 754,755,58,2238其四は頼朝の墓・景時の墓・靜墓・新田塚、皆その來由を詳にせす、只新田塚は新田家
  • 1793,747,59,2239城、府城の下、臺樹・城内・〓樓・凉樓・國學寅賓館、〓囿、園囿の下、觀民園等をの
  • 409,756,60,2236野源左衞門尉常世の事實全く謠曲に出つ、文漢字を以て潤色すといへとも其陋を蔽ふ事
  • 1922,359,39,169府城封侯
  • 1233,360,38,81佛寺
  • 1343,360,39,80神社
  • 989,361,38,82墳幕
  • 168,900,46,405別紀第十二(上野)
  • 173,2478,43,112二七三

類似アイテム