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館林城覺書一卷, り、然るに領知の事より桐生薗田戰鬪におよひ、桐生は佐野氏と力を合せ多勢なる故、, す、依之國繁使を古河の御所源成氏へ遣し、山内上杉房顯へも巨細を達す、成氏桐生か, 侵せる地を返し、兩家和談すへしと指揮すれとも桐生是を肯せす、ついに攻戰數年を經, 効驗をいふ、次に入湯の考をしるせり、, 卷末に、正徳二年辰八月寫之薗田氏と書し、右者横瀬駿河守殿有之上州館林城覺書之内, ともいへるよしをしるす、次に温泉能毒大略、御座之湯、瀧之湯、脚氣之湯、綿之湯の, 薗田常に侵陵せらるゝにより、新田金山實城に來り、横瀬信濃守國繋をたのみ幕下に屬, り、是を御座湯と稱し、又冷暖相和て幼老をあたゝめ、安樂ならしむるにより、綿の湯, 生郷に居城し、みつから桐生と號す、薗田右京亮成光も、先祖足利七郎藤原成實より數, たり、國繁老し家督を子成繁に讓る、桐生氏も大炊介卒するに及、佐野昌綱か子又次郎, 代薗田庄を領し、薗田と號し吉澤郷に居城す、桐生と吉澤との中間に渡瀬川といふ川あ, に有之と記す、寛正中下野國佐野城主佐野周防守か一族大炊介、上野國山田郡薗田庄桐, を養子とし家を繼しむ、桐生氏の家老、新居・茂木・谷山・越津・府子等か互に確執に, 寫本, 一册, 正徳二年薗田, 氏ノ書寫, 編脩地誌備用典籍解題卷之十五, 三七八
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- 寫本
- 一册
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- 正徳二年薗田
- 氏ノ書寫
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- 編脩地誌備用典籍解題卷之十五
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- 三七八
注記 (20)
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