『大日本史料』 4編 11 建暦元年1月~2年11月 p.663

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人の勸化を信して、念々相續畢命爲期の行をつとむへきものなり、, いとひ、淨土の不退をねかふへき趣き、ねんころに教化し給に信心胸にみ, 惡生死の凡夫、彌陀の本願に乘して極樂に往生するいはれ、世上の無常を, んころに念佛して畢命を期とせよとこそ禪勝房にはさづけられけれ、鎭, ち、〓仰肝に銘じけれは、やかて其歳の十月十一日、生年廿八歳にて出家す、, しからは何の詮かあらん、上人もいけらは念佛の功つもり、しなば往生う, 勤仕のために上洛の時、上人の念佛弘通化導さかりにして、貴賤歩を運ふ, たしなみ射〓を事として罪惡をほしきまゝにす、爰に正治二年の味、大番, 法名を智明とぞつけ給へりける、常隨給仕六箇年の後、元久二年に本國に, たがはす、とてもかくても此身にはおもひわづらふ事そなきと心得て、ね, 九代の孫、薗田次郎成基か嫡男なり、武勇の道にたづさはりて、弓馬の藝を, 西の聖光房も自害往生、燒身往生、入水往生、斷食往生等の事、末代には斟酌, よし傳聞て、宿縁のもよほしけるにや、かの菴室へ參したりけるに、上人罪, すへしと誡めをかれけるとかや、ゆめ〳〵このみ行すへからす、ふかく上, 上野國の御家人薗田の太郎成家は、秀郷將軍, 〔法然上人行状畫圖〕, 〔法然上人行状畫圖〕六十上野國の御家人蘭田の太郎成家は、秀郷將軍, 二十, 六, 薗田太郎, 成家, 給仕六年, 法名智明, 建暦二年正月二十五日, 六六三

割注

  • 二十

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  • 薗田太郎
  • 成家
  • 給仕六年
  • 法名智明

  • 建暦二年正月二十五日

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  • 六六三

注記 (25)

  • 1313,648,58,2012人の勸化を信して、念々相續畢命爲期の行をつとむへきものなり、
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