『大日本近世史料』 編脩地誌備用典籍解題 4 p.310

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ら分明なるへし、また武藏前司入道か撰する所の田文はみな亡ひたりといへとも、却て, 年の讓状に見えたり、その状及種々の文書は別册にうつしおけりといふ、この本、錯簡, 或は落牒等ありて次序辨すへからすといへとも、當國の地志を以て是を考へはおのつか, 政淡路國守護職・川國地頭職たりしかは當時傳へし所顯然たり、兩職たりし事は寛喜一, より差出せし勘状にして、卷首に注進國領并庄園田畠地頭注文と題し、津名・三原二郡, の郷保庄村の田畠およひ神社佛寺等をあけ、領家・地頭の姓名をしるし、卷末に、右文, 者全然として存する趣なれは、追年令其國々守護人使造者と見えたり、, 略注進如件云々仍言上如件、貞應二年四月曰としるし、四人の姓名およひ花押等あり、, 次にまた勘状にそへたる右四人の起請文をのす、源弘賢か奧書に、右一卷、寄合皆川森, 當國およひ但馬より出せし勘状は今に世に存せりとそ、○甲斐國志引筑前風土記云、貞, 之助所藏なり、文化十年九月廿一日摸寫して不忍文庫に納る事、其先長治淡路守藤原宗, 應中武藏前司入道造之と聞とも今不傳、但馬考云、弘安中守護人太田左衞門尉頼政所造, 太田文淡路但, 助所藏, 弘賢奥書, 馬ニノミ現存, 寄合皆川森之, 摸寫本ヲ不忍, 文化十年屋代, 淡路國太田文, 貞應二年四月, 文庫ニ納ム, ス, 編脩地誌備用典籍解題卷之二十, 三一〇

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  • 太田文淡路但
  • 助所藏
  • 弘賢奥書
  • 馬ニノミ現存
  • 寄合皆川森之
  • 摸寫本ヲ不忍
  • 文化十年屋代
  • 淡路國太田文
  • 貞應二年四月
  • 文庫ニ納ム

  • 編脩地誌備用典籍解題卷之二十

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  • 三一〇

注記 (25)

  • 882,713,57,2240ら分明なるへし、また武藏前司入道か撰する所の田文はみな亡ひたりといへとも、却て
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