『大日本近世史料』 編脩地誌備用典籍解題 5 p.268

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〓古齋磐谷紀行一卷, 日光紀行一卷, へとも、その事貝原氏諸州めくりの書に載るところの外に出す、, 島田則祐撰、卷首に、明和五年戊子の桃の節の翌、伊勢の國玉かきの里をいてゝあつま, 母を歸省する時中仙道を下る、其母沒し、又京え上る時には東海道を經たり、この時は, 於て丁寧子意を盡す、また聖徳太子の事を論する、つとめて浮屠の教を黜て布文典雅とい, 區勝境およひ古人遺跡を採る、著す所の詩二十餘、卷末に附せり、紀中楠廷尉の事實に, 松弘毅撰、弘毅字士〓、大坂人、盤谷河内の地名、弘毅某年乙酉これに遊ふ、其歴所名, におもむく、こたひは木曾路をまかりて、善光寺あるはかしま・香取・筑波・曰光なと, 金澤・江島の處々を遊覽す、是書兩度の紀行合せて一篇となし、又俳諧の發句を載た, り、, 〓文仕官の事によりて寶暦辛巳江戸より山城國宇治郡山科郷に移り、八年を歴、故郷の, へもとおもひしかとも、いつにかはりてあまりのさむさにて、今も雪ふりしといへは、, 刻本, 一册, 寫本, 一册, 松弘毅撰, 紀行, 伊勢ヲ出デ江, 島田則祐撰, 河内磐谷ヘノ, 戸ヨリ曰光へ, 明和五年三月, へ往復ノ紀行, 山科ヨリ江戸, 明和年間任地, 赴ク, 編脩地誌備用典籍解題卷之二十五, 二六八

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  • 松弘毅撰
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  • 伊勢ヲ出デ江
  • 島田則祐撰
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  • 戸ヨリ曰光へ
  • 明和五年三月
  • へ往復ノ紀行
  • 山科ヨリ江戸
  • 明和年間任地
  • 赴ク

  • 編脩地誌備用典籍解題卷之二十五

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  • 二六八

注記 (30)

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