『大日本近世史料』 編脩地誌備用典籍解題 6 p.126

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鹽飽牛島源左衞門漂流記一卷, 廣東無人島漂流記一卷, は八丈島へ到著せり、, し、同四年巳閏五月廿二日肥前長崎の津に到著せり、, 四年秋の比仙臺〓濱より出船し、無人島へ漂著し、二十一年を經て、元文四年五月三人, の船へのせ對馬へ護送して、對馬より又護送の役人を附け長崎へ送り屆けしと云、, のために吹流され、唐土南京のうちほとう山へ漂著せし始末の口實なり、唐土より二艘, 無人島漂流記、その一は松平伊豆守領分遠州荒井筒山五兵衞船、乘組十二人にて、享保, ○その二は江戸堀江町岡本善八船、十一人乘組にて、元文三年十一月二日出船し、無人, 島へ漂著し、さきに漂著せし遠州の三人と共に歸國せりと云、この無人島は曾槃か無人, 廣東漂流記一種、無人島漂流記二種、共に歸國の時の口書なり、廣東漂流記は有馬玄蕃, 頭則維の中船頭岡三左衞門、水主のもの六人、正徳元年卯十一月長崎沖にて廣東へ漂著, 鹽飽牛島源左衞門舟、船頭・水主十四人、元祿五年申十一月廿五日田子の浦にて大風雨, 寫本, 寫本, 一册, 册, 漂流ノ記, 正徳年間廣東, 享保年間無人, 島漂流ノ記, 元祿年間唐十, 元文年間無人, へ漂流ノ記, 島漂流ノ記, 編脩地誌備用典籍解題卷之二十八, 一二六

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  • 寫本
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  • 漂流ノ記
  • 正徳年間廣東
  • 享保年間無人
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  • 元祿年間唐十
  • 元文年間無人
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  • 編脩地誌備用典籍解題卷之二十八

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  • 一二六

注記 (27)

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