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給うた。尋いで靈元天皇の朝には古式に則つて神宮造營のことを行はせられ、, 神張する一面を語るものである。, 宮奉幣の事を再興せしめられ、特に公卿敕使を差遣はされ、宸筆の宣命を奉らせ, 天和三年二月、皇子朝仁親王を皇太子と爲し給ひ、立太子節會・坊官除目を行ひ、立, 仁の亂後中絶してゐた賀茂祭を復興せられ、尋いで山陵修理の事をも行はせら, の火葬の例を廢止せられ、仁孝天皇の朝には、先皇に天皇の諡號を奉り、宇多天皇, せられた。後光明天皇の御宇正保四年九月には、後土御門天皇以降廢絶した神, 一月には、賀茂臨時祭を再興せられた。更に後光明天皇崩御の際、持統天皇以來, 歸してゐた朝儀禮典を機會ある毎に再興せしめられた例證で、朝權の年と共に, 皇以降九世約二百年間廢絶せる大嘗祭を擧げさせられ、又元祿七年四月には應, 太子禮を再興せしめられた。又東山天皇の御宇貞享四年十一月には、後柏原天, 以後常に院號を上る例を廢せられた。以上は孰れも皇室式微の爲、多年廢絶に, 降つて光格天皇の御宇、文化十年三月には、石清水臨時祭、翌十一年十, れた, 參看, 第二節, 第一編尊王論の發達, 一二
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- 參看
- 第二節
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- 第一編尊王論の發達
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- 一二
注記 (18)
- 1496,565,63,2284給うた。尋いで靈元天皇の朝には古式に則つて神宮造營のことを行はせられ、
- 365,569,55,935神張する一面を語るものである。
- 1607,566,61,2271宮奉幣の事を再興せしめられ、特に公卿敕使を差遣はされ、宸筆の宣命を奉らせ
- 1387,568,62,2275天和三年二月、皇子朝仁親王を皇太子と爲し給ひ、立太子節會・坊官除目を行ひ、立
- 1052,567,63,2271仁の亂後中絶してゐた賀茂祭を復興せられ、尋いで山陵修理の事をも行はせら
- 706,567,63,2273の火葬の例を廢止せられ、仁孝天皇の朝には、先皇に天皇の諡號を奉り、宇多天皇
- 1716,572,61,2269せられた。後光明天皇の御宇正保四年九月には、後土御門天皇以降廢絶した神
- 821,576,67,2261一月には、賀茂臨時祭を再興せられた。更に後光明天皇崩御の際、持統天皇以來
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- 1161,566,62,2274皇以降九世約二百年間廢絶せる大嘗祭を擧げさせられ、又元祿七年四月には應
- 1276,568,64,2269太子禮を再興せしめられた。又東山天皇の御宇貞享四年十一月には、後柏原天
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