『維新史』 維新史 5 p.505

Loading…

要素

割注頭注ノンブル

OCR テキスト

二神社の復興並びに創建, あつた。天皇奉祀の神社としては、先づ白峯宮, れては、京都に粟田宮を造營して、天皇の神靈を祀り給うたのである。然るに, を擧ぐべく、崇徳天皇, が保元の亂後讚岐に移らせ給ひ、やがて崩御あらせられるや、朝廷に於かせら, 即ち諸社寺に對しては、現在の境内地を除く外、悉く其の所領を上知せしめて、, 岐より京都に奉遷せんとし、今出川に新宮を造營あらせられたが、未だ完成せ, 粟田宮は何時しか廢絶したので、孝明天皇に於かせられては、神靈を改めて讚, 政府は新に神社の諸制度を確立すると共に、由緒ある神社にして廢絶せる, 祠官の祿制を定め、元高に準じ、地方官より糜米を給することとして、略〻其の舊, を興し、又天皇・皇族を始め奉り、忠臣を奉祀する爲に、新に神社を創建したので, 之を府・藩・縣の管轄たらしめたのである。尋いで七月四日には官國幣社以下, 右之通相達候事、, 態を改めることを得たのである。, 右之通相達候事。(太政官日誌, 後に白峯神, 宮と改稱, 天皇奉祀, の神社, 白峯宮, 第四章祭政一致第三節神社制度の制定, 五〇七, (太政官日誌)

割注

  • 後に白峯神
  • 宮と改稱

頭注

  • 天皇奉祀
  • の神社
  • 白峯宮

  • 第四章祭政一致第三節神社制度の制定

ノンブル

  • 五〇七
  • (太政官日誌)

注記 (23)

  • 1144,951,60,828二神社の復興並びに創建
  • 799,519,67,1413あつた。天皇奉祀の神社としては、先づ白峯宮
  • 574,523,68,2318れては、京都に粟田宮を造營して、天皇の神靈を祀り給うたのである。然るに
  • 814,2230,60,613を擧ぐべく、崇徳天皇
  • 686,522,69,2323が保元の亂後讚岐に移らせ給ひ、やがて崩御あらせられるや、朝廷に於かせら
  • 1722,515,76,2337即ち諸社寺に對しては、現在の境内地を除く外、悉く其の所領を上知せしめて、
  • 335,520,71,2321岐より京都に奉遷せんとし、今出川に新宮を造營あらせられたが、未だ完成せ
  • 458,519,69,2330粟田宮は何時しか廢絶したので、孝明天皇に於かせられては、神靈を改めて讚
  • 1025,592,71,2245政府は新に神社の諸制度を確立すると共に、由緒ある神社にして廢絶せる
  • 1493,514,75,2326祠官の祿制を定め、元高に準じ、地方官より糜米を給することとして、略〻其の舊
  • 911,520,74,2317を興し、又天皇・皇族を始め奉り、忠臣を奉祀する爲に、新に神社を創建したので
  • 1608,518,75,2322之を府・藩・縣の管轄たらしめたのである。尋いで七月四日には官國幣社以下
  • 1835,589,61,484右之通相達候事、
  • 1380,516,61,993態を改めることを得たのである。
  • 1837,590,67,2170右之通相達候事。(太政官日誌
  • 839,1969,43,211後に白峯神
  • 796,1969,41,169宮と改稱
  • 1045,274,41,165天皇奉祀
  • 1001,278,40,116の神社
  • 799,274,39,167白峯宮
  • 239,664,46,1054第四章祭政一致第三節神社制度の制定
  • 250,2357,43,119五〇七
  • 1855,2453,51,316(太政官日誌)

類似アイテム